朝晴れエッセー

リヤカーの詩・4月14日

昔、現代のように軽トラックがない時代、荷物の運搬といえばリヤカーであった。

わが家は小規模の農業を営んでいて、農具や肥料作物とかの運搬はリヤカーの出番だった。ある日祖父は僕をそのリヤカーの上に乗せてくれて大変楽しかったが、今から思えば、積み荷のバランスを僕を乗せてとっていたのかもしれない。

祖父は無口で頑固もんであったが孫の私には目がなくかわいがってくれて、その日もリヤカーに乗せてくれたのだが、私が落ちないかと周りで祖母や母たちが心配そうに見守っていたのを今も鮮明に覚えている。

父と叔父を戦争で失い祖父母と母、妹との5人暮らし。男手はまだ幼年でまったく助けにならない僕と老いた祖父の2人で、なんとも心もとない家族であった。やがて時の移ろいの中、優しかった祖父母も他界し、春には田植え、秋には稲刈り、足でガコンガーコンと漕ぐ脱穀と、農事は必然的に僕がやることになった。

畑仕事の帰り道、母が疲れているようなので昔を思い出して今度は僕が母をリヤカーに乗せてやった。母は戸惑いながら乗ったがうれしそうに照れていた。

その母も亡くなりもう18年、時のたつのは早いもので今僕は78歳。先日テレビの放送でリヤカーで旅をしている人がいて、懐かしく、そして少しセンチな気持ちで在りし日を思い出している。

片岡 二美敏(ふみとし) 78 大阪府枚方市