平成史

「近ごろ都に流行るもの」で見る変遷

 【婚活】ハードル低く、望みは高く

 平成元年の婚姻件数70万8316組、30年推計は59万組(人口動態統計)。晩婚・非婚化が進むなかで、新しい婚活手法が続々登場した。

 5年の「国際テレビ電話見合い」には、海外駐在員男性7人、外資系OLら女性5人が参加し、なんと3組のカップルが成立している。条件の整った男女が集められたと思われるが、当時の適齢期男女のストライクゾーンの広さも感じさせる。

 「婚活」が流行語となった21年の「ネット婚活」はパソコンが舞台。世界的に著名な人類学者、ヘレン・フィッシャー博士が開発した診断テストによる「科学的に相性の良い結婚相手」を紹介するものだった。

 22年の「親の代理見合い」は結婚しない息子や娘にしびれを切らした親による代理婚活だ。会場には条件重視で必死な親たちの姿があった。男性医師の親の席の前には、娘との身上書交換を希望する行列。かたや誰からも相手にされず席を立つ親もいて、胸が締め付けられる思いだった。

 30年に取り上げた「アプリ婚活」はネットの出会いに抵抗感が薄い、子供自身による自助努力の婚活だ。空き時間にスマホで手軽にマッチングできる。一方、親世代にとっては理解不能の出会い方。交際に発展した際の説明が最大の関門となっており、もはや親の出る幕はない。

 平成初期の企業には、女性の一般職大量採用→寿(結婚)退社の慣習が残り、社員の婚活を組織的に支えている構造があった。多くの女性が男性同様に働き、セクハラやパワハラにも敏感な現代。結婚相手を探すのは至難の業である。

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