平成史

「近ごろ都に流行るもの」で見る変遷

 【日韓】文大統領は反日をあおらないで 在日本韓国人連合会初代会長・金煕錫(キム・ヒソク)さん

 日韓関係は平成の間に、いろいろな浮き沈みがありました。

 個人的な意見と断っておきますが、韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領は、すでに決着した問題を持ち出して韓国民の反日感情をあおることをやめていただきたい。前政権を退陣させた「ろうそくデモ」に見られるように、情緒的で洗脳されやすい国民性と相まって、日韓関係を混乱させる悪循環に陥っているようです。その点、日本の国民は冷静ですから日本の政治家は幸せですよ。

 私は昭和59年に本格的に来日し、平成2年、東京都新宿区大久保に韓国料理「松屋」を開きました。

 バブルの好景気。日本で本場の韓国料理を出す店はまだ少なかった。新聞やテレビの人たちが常連になってくれたり、隣町・歌舞伎町の韓国クラブのお客さんが、懐かしいだろうと韓国人ホステスを連れて来てくれたりするなど、朝方までにぎわっていましたね。

 ワールドカップ日韓共催(14年)が決まり、新大久保周辺に韓国系の店が一気に増えました。ニューカマーの韓国人で、民団(在日本大韓民国民団)とは別組織の「在日本韓国人連合会」を結成したのがW杯前年の13年です。目的は、韓国人同士で情報を共有し、日本のルールを守り、日本人と共生して地域社会に貢献することでした。

 記事に書かれているように、16年の冬ソナブームの頃はとても良い時代でした。うちの店も毎週のようにテレビや雑誌の取材を受け、女性客が増えました。しかし、李明博(イ・ミョンパク)大統領の竹島上陸(24年)で日本人の嫌韓に火が付いた。近所でヘイトデモが行われる事態となり、客足が遠のいてしまいました。

 もともとお客さんの9割以上が日本人。日韓関係が泥沼といわれているなかでも、お客さんは変わらずに韓国料理を食べに来てくれます。日韓の政治や歴史問題について突っ込まれることもない。そして、日本人に親しみを持っている韓国人もたくさんいます。

 今、韓国経済が悪くて、大学生が日本語を学び日本での就職を目指している。日本企業も受け入れに前向きと聞きます。その流れに水を差しているのが大統領であるとすれば、とても残念に思いますね。

 私が初めて日本に来たのは昭和54年、音楽関係の仕事をしていた27歳のときでした。軍事政権下の韓国と違って、日本は自由だなと好きになりました。

 私は韓国人ですが、日本もすでにふるさとです。新時代の関係改善のために、韓国の政権には理性的になってほしい。北朝鮮にばかり傾倒している場合ではない。そこが心配です。

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