正論

露に領土返還の意思は毛頭ない 北海道大学名誉教授・木村汎

 1917年の二月革命も「パンよこせ!」の抗議運動からはじまった。また、2004~05年、プーチン政権が社会保障関連の諸特典をソビエト期の現物支給制から現金化へ移行させたときも、国民は彼らが従来受けとってきた権利や便宜を目減りさせる政策転換とみなし、街頭デモを繰り返した。

 ≪脈ある交渉は秘密裏に進む≫

 領土「引き渡し」の是非を問うべきか、否か。現ロシアで世論調査実施の是非は、プーチン政権の意向次第で決定される。このことを如実に示したのは中露間国境線の決定時だった。

 プーチン政権は04年、中国との領土紛争に終止符を打った。すなわち同政権は、ウスリー川とアムール川の合流点の三角州に位置する3つの島(ボリショイ、タラバーロフ、大ウスリー島)の主権帰属先問題に関して、係争3島の全面積を2等分し、その半分を中国領と認めることに同意した。

 現文脈で重要なのは、しかしながら、このときプーチン政権は同交渉の経緯をロシア国民に一切知らせず秘密裏に話を進めた事実だった。なぜ、そうしたのか。その理由は明らかだろう。

 もしロシア国民、とくにその極東地域の住民たちが交渉の進行状態を知った場合、必ずや彼らはプーチン政権の最終決定に猛反対するに違いない。同政権は、こう危惧したからである。

 実際、同三角州を己の行政下においているハバロフスク地方のビクトル・イシャーエフ知事は、たとえ1平方メートルの土地ですら中国に引き渡すことに反対していた。それを熟知していたプーチン政権は中国との交渉を隠密裏に進め、ロシア国民に向かい世論調査を実施し、彼らの意向を前もって質(ただ)すつもりなど毛頭示さなかったのだ。

 ≪世論調査の実施は何を物語るか≫

 右の歴史的先例は、北方領土問題解決の展望に関して悲観的なヒントを提供する。というのも、プーチン政権は、日本との国境線画定問題ではまさに正反対の手法を取っているからだ。すなわち、北方領土の対日引き渡しの是非をロシア国民の意向を問う世論調査を積極的に実施している。

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