朝晴れエッセー

桜の季節・4月1日

桜の季節を迎えると母の顔を思い出す。その母はとても悲しい目をしている。

私の故郷は桜の花が美しい。両親と離れて暮らすようになってからも桜の季節には必ず故郷を訪れた。と言えば聞こえはいいが実は、その季節と正月くらいしか顔を見せない親不孝者だった。故郷とはいうものの車で1時間ほどの距離にあるのだから。

桜の季節は毎年、桜で埋め尽くされた川沿いの道を両親と歩いた。花見の後の楽しみは母の手料理だ。ひょっとするとこちらが訪問の目的だったのかもしれない。食卓には私の好物がずらりと並んだ。

その年は午後になってから急に思い立って訪ねたため、母はあいにく不在だった。父の話では地域の仕事で出かけているとのことだった。働き者の母は古希を過ぎても毎日を忙しく過ごしていた。残念だが、その年は父と2人きりの花見となった。

夕暮れ時、帰るため車に乗り込もうとすると、そこへ母が自転車で戻ってきた。私の車を見かけて急いでペダルをこいできたのか、息を切らしながら、「もう帰るの?」と尋ねた。私は「また来るから。今度はゆっくりしていくよ」と言って車に乗り込みエンジンをかけた。

走り出して、ふとバックミラーをのぞくと、そこには母の悲しそうな顔が映し出されていた。バックミラー越しの悲しげな顔。それが生前最後の母の姿となった。

桜の季節を迎えると胸が痛む。心にはあのときの母の姿が刺さったままだからだ。

樫内 久義 55 教員 名古屋市昭和区