一服どうぞ

「我」を捨てて真の心を 裏千家前家元・千玄室

朱子学の知をもって安寧をもたらそうとした林羅山、士魂商才の行動をとった中江藤樹などの思と想、そして実践行動は、わが国に新しい経済機構を打ち立てた。今のわが国の現況を見るにつけ「窮して即(すなわ)ち独り其(そ)の身を善くす」。すなわち身を窮にし、捨てなければよいことはできない、との精神を持ったリーダーが現れてほしいと切に願う。人徳を養う道の教えが消え去り外来の思想に頼り切っていた日本人には、反省し立ち上がる心構えを持つことが肝要である。他人をとやかく言う前にまず己を見直すべきであろう。

講演で私が「心とはどこにあるのでしょう」と聞くと大概の方々は頭や胸に手を当てる。心とは「思い」なのである。そして思いとは腹から生まれるものではなかろうか。腹芸・腹に一物・腹が太い(心が広い)。人は臍(せい)下丹田、腹に力を入れ「よしやるぞ」と決意を表す。しかし行うは難しで、言うは易(やす)しだけがまかり通っている。情と剛を含む知を使いこなすためにも「真の心」が必要なのであり、そこに新しい局面が作り出されていく。自由平等とともに大切なものは忍耐である。慈愛こそが人間にとって必要なカテゴリーであると申し上げたい。

私は「一盌(いちわん)を手にとって多くの恩愛に感謝を、そして和らぎを」を常々教えの糧としている。お茶を頂くときに自分に出された茶碗(ちゃわん)の正面をよけて頂く。謙虚な心をつくるため僅か一瞬でも控えることを表すものであって大きく廻(まわ)せば1回、小さければ2回廻せば済む。

人間は「我(が)」をもって生きている。茶道は「我」を捨てることで真の自分を見いだす道であり、七面倒なといわれる点前(てまえ)作法によって客と亭主の間に生まれる心の絆を教えるものである。茶を頂くとき感謝し正面をよけ、飲み味わうことによってその茶が自分の中に入ってくる。その茶は単に飲むだけではなく、味わいと香りを共に頂くことにより精神的栄養剤となり身体の中で生きてくる。

茶を点(た)てる点前を点と前で考えてみてほしい。画竜点睛(がりょうてんせい)という熟語がある。最後の仕上げでそのものが生きるという意味に用いられている。「点」こそが大切なのである。茶を「たてる」ことに点を充てるのは相手を立てる謙虚さを示している。かくして抹茶を差し上げるための規矩(きく)作法が生まれた。

そもそも道なる思想は、朱子学にはじまり、それを行動実践するのが道教である。今で言うならチャレンジ精神であり頭や心で思うのみではなく、何事にもチャレンジすることにより己を知り道をも拓(ひら)くことができる。今の日本人は安寧な生活のみで自己満足している感がある。どこかの国々のようになりふり構わずに他国の知恵知識を取ろうとするのはいかがなものかと思うが、そのガッツは日本人も少々見習うべきではなかろうか。外国の人々に取られないうちに少しは、古くさい、小難しいなどと言わずに、日本の伝統文化を知ることで世界への扉が開かれていくように思うが、いかがであろうか。(せん げんしつ)

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