岐阜・平成地区、30年の万感 再び脚光、改元に寂しさ

 平成に改元された際は、元号と同じ名前ということが話題となり、人口約35人だった同地区には全国から多いときで1日千台以上の車が訪れた。当時同町の職員だった福田さんは「いろいろなところから問い合わせがあり、大変でした」と振り返る。その盛り上がりに、一時は「平成町」への町名変更も検討されたほどだ。

 町は観光客の増加に合わせ、まちおこしとして「日本平成村構想」を立ち上げ、女優の三田佳子さんが村長に就任するなどしたが、その後は客足は徐々に遠のいた。人口減少も続き、平成31年1月の住民は17人。地区に住むシイタケ農家の田畑和義さん(64)は「元号が変わっても平成(へなり)は残る。過疎化に負けず、この地域が元気であってほしい」と願っている。

 ■平成にちなんだスポット人気

 改元を前に、「平成」にちなんだスポットが人気だ。昭和天皇の闘病が続いたことによる自粛ムードの強かった前回とは一転、人々は楽しみながら改元を迎えようとしている。

 当時の小渕恵三官房長官が元号発表時に掲げた「平成」の書を保管する国立公文書館(東京都千代田区)では、レプリカを見学できるほか、書をあしらったクリアファイルを販売している。「自分の生まれた元号を記念に」「小渕氏が発表したシーンが懐かしい」と買い求める人が増え、約2万5千枚が売れた。

会員限定記事会員サービス詳細