体調を崩しがちになってからも、日本文学への思いを語っていたという。
「(割腹自殺した)三島由紀夫さんのことは、最後まで『三島さんは死ぬべきじゃなかった』などと言っていました。作家としては、三島さん、川端康成先生への思いが一番深かったのだと思います」
晩年は江戸中期の博物学者、平賀源内や、幕末期の浮世絵師、河鍋暁斎(きょうさい)に関心を抱いていた。
「強い好奇心と高い知性、豊かなユーモア。それなのに偉ぶらず、近くの商店街に買い物かごを提げて通うなど、日本人として生活の何もかもを楽しんでいた。父の人生は幸せだったと思います」