虎番疾風録

赤ヘル優勝…江夏、歓喜のバンザイ 其の二7

優勝決定の瞬間、両手をひろげて跳び上がった広島・江夏
優勝決定の瞬間、両手をひろげて跳び上がった広島・江夏

虎番疾風録 其の二6

1年生記者はどこへでも行かされる。もちろん担当記者のお手伝いなのだが、これがまた楽しい。

昭和54年10月6日、筆者は広島市民球場に来ていた。当時は広島市の繁華街、中区基町の中央公園内にあり、目の前の道路を市電が走っていた。記者席に特徴があった。甲子園や後楽園はネット裏のスタンドに隣接。ナゴヤや横浜、神宮はバックネット裏。広島球場はスタンドの1階席と2階席の間にあり、ゴンドラの中からグラウンドを見下ろして観戦した。

同点で迎えた七回、広島は投ゴロの高橋慶が小林の一塁悪送球で三塁へ進み衣笠のスクイズで勝ち越し。八回にはギャレットの2ランで3点差とした。九回、阪神も江夏から2点を奪いさらに1死一、二塁としたが佐野が二直併殺。この瞬間、広島の4年ぶり2度目のリーグ優勝が決まった。

◇10月6日 広島球場

阪神 010 000 002=3

広島 000 001 12×=4

勝 池谷12勝7敗 敗 小林21勝9敗1S S 江夏9勝5敗22S

本 スタントン(23)(池谷)ギャレット(26)(小林)

「やったぁ!」マウンドで両手を広げて跳び上がった江夏。午後9時28分、25発の花火が打ち上げられた。古葉監督率いる赤ヘル軍団の黄金期の始まりである。

余談だが「赤ヘル」の愛称がついたのはルーツ監督が就任した50年(途中から古葉監督に)。「野球に対する情熱を押し出そう」と赤を基調にした新ユニホームを提案した。が、経済的な理由で従来通り胸の「CARP」も背番号やアンダーシャツも濃紺のまま。帽子だけが赤に変更された。だから「赤ヘル」。ちなみに52年からすべて赤色になった。

「これが、これがオレが長い間夢見てきた優勝の味なんや」。古葉監督に続いて胴上げされた江夏がテレビに映し出される。実はこの様子を筆者は街の中、球場近くの三越百貨店の前で見ていた。街の喜び取材―1年生記者はどこへでも行かされるのである。

店長がくす玉を割り、日本酒の入った10個の一斗樽を一斉に割って集まった約500人のファンに美酒が振る舞われた。赤ヘルの法被を着たおっちゃんが「兄ちゃんも飲みんさい」と紙コップをさしだした。もちろん「仕事中ですから」と丁重にお断りした。(敬称略)

虎番疾風録 其の二8

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