浪速風

ニセ検事総長もいたトンデモ裁判官

駆け出しの頃を思い出す。昭和51年8月4日深夜、当時の三木武夫首相宅に検事総長を名乗る電話があり、ロッキード事件に関して指揮権発動の言質を引き出そうとした。ニセ電話の主は何と京都地裁の判事補で、京都支局にいた小欄は、降ってわいた大事件に振り回された。

▶箕面忠魂碑訴訟で、忠魂碑の移転に公金を支出したのは違憲とした大阪地裁の裁判長も印象深い。後に最高裁で合憲が確定したが、この裁判長は敬虔(けいけん)なクリスチャンで、「わが国の国民性は、宗教についてきわめて無節操」とまで言及した。法律的判断より自身の宗教観を優先しているようだった。

▶またもあきれる裁判官がいた。名古屋家裁の男性判事が「反天皇制」の団体の集会に参加したり、ペンネームで「天皇制要りません」「『昭和の日』は『無責任の日』」などと寄稿していた。裁判の公正、中立に疑義が生じる。「表現の自由」というなら、裁判官を辞めて好きに活動したらいい。