瀬戸内寂聴さん「谷崎、川端、三島たちと交流し華やか」 キーンさん悼む

 対談もよくしたが、最晩年はいつも養子になっていた誠己さんが隣に座っていて、対談をなめらかにしていた。誠己さんは若くて、一見キーンさんの孫のようにも感じられたが、優しく、よく気がつき、キーンさんの隅々まで気を遣っていた。キーンさんが誠己さんを心から愛していることが、言葉や態度に表れていて、キーンさんがこの人の故郷に最後の棲家を定め、日本人としての国籍を取ったこともうなずけた。

 キーンさんは、その業績によって数々の文学賞を取られた上、文化勲章も得られた。

 嶋中鵬二夫人の雅子さんは、キーンさんの着る物の世話まで細かくしてあげていて、「文化勲章をキーンさんはとても喜んでいられるのよ。あの方が日本に帰化する気になったのは、あの賞をいただいたからなの。日本がキーンさんの仕事にほんとうに理解していることをいつも喜んでいられたわ」と話されていた。

 私もキーンさんも年をとっても仕事をやめず、人に呆れられていたが、キーンさんはいくつになってもアメリカへ行き来するし、海外旅行も平気でされる。私はその真似はとても出来なく、よろよろしてきたので、キーンさんより先にあの世へ旅立つだろうと決めていたのに、こんなことになって呆然としている。

 でもキーンさんも気の置けないおしゃべりの相手が必要になって、そのうち私を呼びに来ずにはいられなくなるだろう。

 その日が待ち遠しい。