【酒呑み鉄子の世界鉄道旅 国境を超えて音楽をつなぐ鉄道旅(2)】「クラシック音楽」をテーマにヨーロッパを周遊する鉄道旅。前回レポートしたように、ショパンの音楽溢れるワルシャワは、中心部を散策するだけでも楽しめるが、今回の旅ではもう1日滞在して、ちょっと遠出することにした。
目的はふたつ。ひとつは、ワルシャワ発の寝台車に乗りたいので、それに合わせての時間調整(この列車については次回レポートします)。もうひとつは、ワルシャワ旧市街から車で1時間ほどの郊外にある、ジェラゾヴァ・ヴォラ村を訪ねること。
この村にはショパンの生家があり、博物館として一般公開されている。
(写真・文/トラベルジャーナリスト 江藤詩文、取材協力:ユーレイル)
1810年にショパンが誕生した一軒家は、周囲の土地と合わせて整備され、現在は風光明媚な公園になっている。ロマンチックな観光スポットとして、旅行者のみならずワルシャワっ子からも人気の場所だ。緑豊かな遊歩道を歩くと聞こえてくるのは、透明な水が流れる小川のせせらぎ、鳥のさえずり、かさこそと触れ合う落ち葉、そしてショパン。屋外のスピーカーから、ショパンの軽やかなピアノの音色が、一日中低めのボリュームで流れている。
ショパンを聞きながら木漏れ日の中を歩くなんて、それだけで十分ロマンチックだが、さらにスイートな都市伝説がある。小川にかかった橋の上でキスをしたふたりは、ずっと一緒にいられるそうだ。私がひとりで!訪れたときは、もう若いとはいえない熟年のふたりが、熱いキスを交わしていた。
また、この庭にはショパンの銅像があり、その膝の部分だけが磨かれたように光っている。ここでショパンの膝に触れながら祈ると、ピアノの試験に合格したり、コンクールでいい成績を収めたりできるとか。
もしかするとワルシャワっ子たちは、ご利益のあるパワースポットが好きなのかもしれない。ショパンの生家で働いていた青年は、公園の橋以外にもうひとつ、恋が叶うパワースポットを教えてくれた。ワルシャワの中心にある、ワルシャワ大学の付属図書館の屋上庭園。ここもワルシャワっ子には知られたデートスポットで、プロポーズが成功する場所とも言われているそうだ。彼も恋人とのツーショットを屋上庭園で撮影し、それを待ち受けに設定していた。ショパンを聴きながら橋の上でキスをした彼女は、まもなく妻になるという。
東京の日常生活で聞いたら「ぷっ」と笑ってしまうエモい話も、ヨーロッパの街並みを眺めながらだと、すんなり入ってくるから不思議だ。それにしても、私の交友関係にポーランド人はひとりしかいないため国民性を掴めないのだが、ポーランド人って、みんなロマンチストなのでしょうか。
そんなロマンチックなワルシャワは、飲み歩きもまた楽しい。ポーランドのお酒といえば、東欧の国らしくウォッカのイメージがあるが、国産のビールもクオリティが高い。ポーランドは、ヨーロッパの中では物価が安いこともあって、レストランや飲み屋でもリーズナブルにビールを味わえる。お隣りのドイツやチェコの影響もあり、近ごろはクラフトビールの醸造所を併設したビアパブも、特に若い人に人気があるそうだ。
また、周辺の国からの物流がよいため、ワインも充実している。かつては輸入ワインを楽しんでいたそうだが、気候の変化や技術の向上により、ポーランド産のワインも造られるようになった。
そんなポーランド産のお酒や食材、食文化を世界に発信したいという若いシェフも現れた。その1軒が2018年にオープンしたばかりの「Rozbrat(ロズブラット)20」。地域の伝統的食文化を見直し、世界水準の技術を取り入れてモダンに構成して世界に発信するというアプローチは、世界の最先端のレストランに倣ったものだ。
オーガニックに取り組む生産者の商品も扱う屋内マーケットは、フードコートが併設していて、まだ午後6時前だというのに、お酒や料理を楽しむ若い人たちで活気に満ちていた。近ごろはメイド・イン・ポーランドのブランドを起業する若者も多いとか。おしゃれなパッケージのチョコレートやお菓子は、ポーランド土産にもぴったりだ。
街のサイズ感が程よく、なんだかとっても居心地のいいワルシャワ。鉄道旅の起点にするだけではもったない。後ろ髪を引かれる思いで、私は駅へ向かった。