文芸時評

3月号 早稲田大学教授・石原千秋 信頼が成り立たない時代

 ふつうの貨幣は国家の信用が裏打ちして成り立っている。ビットコインはそういう後ろ盾がない。ニューアカデミズムの旗手の一人だった経済学者の岩井克人は〈偽金を作りたければ本物に似せなければいい、貨幣は信用だけで成り立っているのだから〉という趣旨のことを述べた(『ヴェニスの商人の資本論』ちくま学芸文庫)。ビットコインはこれが現実になっただけである。ビットコインにはいかなる新しさも哀(かな)しさもない。事実、『ニムロッド』には、ファンドが「価値がある、価値がある、価値がある、そう記載し続けてくれるはずだから」とあるではないか。根拠などないことを知っているから無意味に繰り返すのだ。

 この作品でも女性が大きな鍵を握っている。『ニムロッド』には、「全体としての計算能力を飛躍的に向上させた人類はこの世の理(ことわり)のすべてを知り尽くし、自分たちのことを人類ではなくて、別の呼称で呼び始めている」が、それは「倫理をアップデート」したからだと書いてあるではないか。では、何が新しいのか。語り手の中本哲史の恋人は離婚経験がある。それは妊娠して検査をして染色体異常が見つかったとき、中絶する判断を相手がまったく「受け持」ってくれなかったからだ。それで彼への信頼がなくなったのだ。信用だけで成り立つビットコインの時代に、人と人との信頼は成り立たなくなった。これを「絶望」とか「哀れさ」とか「哀歌」と言っているならわかる。

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