外国人労働者の受け入れ拡大を図る改正出入国管理法が昨年の臨時国会で成立し、今後さらに国境を越えた人の移動が加速する状況の中、異国で認知症を発症した人への支援の必要性が指摘されている。認知症には新しい記憶から失われ、過去の記憶だけが残るという特徴があり、成人後に日本語教育を徹底したとしても、獲得した新しい言語を忘れてしまうことが多い。孤立しがちな人をどう支えるのか、模索が続く。(加納裕子)
「Beautiful(きれい)!」「Yes,beautiful sky(そうね、美しい空)」
奈良県天理市に住む元英語教師、岩田スーザン・リンさん(67)が英語で漏らすと、長女の村尾香織さん(40)が英語で優しく相づちを打つ。東京に住む香織さんが帰省したときのいつもの光景だ。
スーザンさんは米国ネブラスカ州の出身。日本人の夫(71)との結婚をきっかけに約40年前、日本に移住した。子供や教えることが大好きで、3人の娘を育てながら、地元の大学などで英語を教えた。家族とは英語で話したが、買い物などに必要な日常会話は日本語でできたという。
しかし、52歳のころから認知症の症状が出始め、62歳でアルツハイマー病と診断。新しい記憶から失うため、大人になってから習得した日本語は分からなくなった。
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香織さんは英語が話せる職員のいるデイサービスを探し、自身は仕事を辞めて英語で寄り添った。4年前に結婚して東京に移り住んだが、月1回は帰省し、英語で話せる知人を呼んでパーティーを開いたり、近くの大学で留学生と英語で交流したりする。英語に囲まれるとスーザンさんは安心した様子をみせるという。
同じことは、海外に移住した日本人にも起こっている。日本人移民の多いカナダのバンクーバーでは2017年、認知症の人らを日本語で支援する「日本語認知症サポート協会」が発足した。移民した日本人が認知症になると、英語を忘れてしまうことがあるからだ。
本部メンバーの1人で通訳のガーリック康子さんは「英語が分からないと、知りたい情報が手に入らない。地元の情報を日本語で得られる場が必要です」と説明する。月1回、認知症の人や家族が交流する「おれんじカフェ・バンクーバー」を開催。10人程度が集まって、情報交換を行っているという。