国由合併でうごめく旧小沢系議員 蘇る4年前の「布石」

 小宮山氏以外にも立憲民主党の村上史好国対副委員長、無所属の佐藤公治衆院議員ら小沢グループだった議員は少なくない。自由党は6人の小政党だが、各党に散らばった側近の存在が小沢氏の支えとなっている。

 子飼いの議員が複数の党に散在しているのは、小沢氏の「離党容認宣言」の結果だ。平成26年12月の衆院選の直前、生活の党代表だった小沢氏は、党所属議員の他党からの立候補を公然と認めた。小宮山氏に関しては、民主党の岡田克也代表代行(当時)に直談判した上で同党からの衆院選出馬を容認させた。

 自らが率いる党の看板では当選が難しいとみて他党に頼った決断は「泥舟から側近が逃げ出した」(旧民主党閣僚経験者)と揶揄(やゆ)された。ただ、「国由合併」が現実味を帯びてきた今、その判断は小沢氏なりの深謀遠慮ともいえる。当時、小沢氏は離党容認の狙いを周辺にこう語っていた。

 「生き残りさえすれば、いずれまた一緒にやれる」