日本語メモ

「火蓋」は切って落とさない

 私たちは、何かを伝えるとき、さまざまな修飾表現を使います。でもその言葉はある状態に限定される場合もあります。今回はそういうケースを取り上げます。問題文のあと、ハンドブックや辞典に沿った解説とともに正解例を示します。

(1)海運業界で屈指の難所として知られている海峡

 「屈指」とは、多くの中から、特に指を折って数えられるほど優れていること(大辞林)。この文章では、操船の難しさを表現しようとしているのですが、「優れている」という要素はないので、「屈指」では不適切です。ここは「有数」としました。「有数」は取り上げて数えるほど主だっているといった意味です。

 ちなみに元になった記事は、マラッカ海峡(東南アジア)についてのもの。同海峡は場所によっては可航幅が数キロ、水深も平均25メートルしかなく大型船にとってはまさに難所です。

(正解例)海運業界で有数の難所として知られている海峡

(2)平日に比べると、旅客機の便数が圧倒的に少ない

 「圧倒的」は、比べものにならないほど、他より優勢であるさまを表します。例えば「圧倒的な勝利」「圧倒的な支持を集めた」という使い方です。このケースでは比較して劣ることを表すので、「非常に」と直しました。

(正解例)平日に比べると、旅客機の便数が非常に少ない

(3)帰省客は、足をすくわれた格好だ

 事故などで交通網が混乱したときに、「足」を使った表現が出てきます。しかし、「足をすくわれる」となると、意味が全く異なります。「足をすくう」は相手の隙を突き、失敗をさせること。素直に「足止め」としました。

(正解例)帰省客は、思わぬ足止めにあった

(4)市長選は、戦いの火蓋が切って落とされた

「火蓋」とは、火縄銃の火皿を覆う真鍮(しんちゅう)製の蓋です。「火蓋を切る」とは、火蓋を「開く」という意味で、火縄銃に点火の準備をすること。転じて物事が始まるという意味に用いられます。

火蓋を「切って落とす」と銃は使い物になりません。「火蓋が切って落とされた」は、「幕が切って落とされた」との混同で誤用です。後者は歌舞伎の開演の際、舞台の幕の上部を外して一気に落とすことに由来します(大辞林)。

(正解例)市長選は、戦いの火蓋が切られた

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