1989(平成元)年の米ソ冷戦の終結と91(3)年のソ連崩壊に伴い、国際情勢は大きな変化を遂げた。日本が米国の核の傘の下で安穏としていられた時代はとうに終わり、領土・資源への野心を隠さない中国が台頭した。そんな激変の時代にあって、日本がソ連の後継国であるロシアとの平和条約交渉を進展させ、関係を強化することの意味とは何か-。
安倍晋三首相の問題意識を要約するとこうなる。
「日本は、同時に2つの大国と対峙(たいじ)することはできない。ロシアの問題は今、片付けておかなければならない」
緊張が高まる極東地域の安定と日本の安全保障を考えるとき、いつまでもロシアと北方領土問題をめぐって対立してはいられないという現実認識がある。
米国の安全保障関係者は伝統的にロシアを敵視する傾向があり、日露が接近すると米国は日本政府に不快感を伝えてきた。ところがトランプ政権には、ロシアを軍事的脅威とみなす対決姿勢はあまり見られない。
「トランプ氏が大統領である方が、領土問題を解決しやすい」
こう漏らす首相は、今こそが近年にないチャンスだと考えているようだ。
政府内には、北方領土の島々の返還自体には「旧島民も島に戻って暮らしたいわけではない。漁業権益を除いて目立った実利はない」(高官)との冷静な声もある。だが、平和条約締結を起爆剤にしてシベリアや北極圏航路の開発など日露協力が勢いを増せば、ロシアと長い国境線を接する中国に対する有効な牽制(けんせい)となるのは間違いない。