話の肖像画

日本体育大理事長・松浪健四郎(72)(1)

ちょんまげから医療用かつらに=東京・深沢の日体大
ちょんまげから医療用かつらに=東京・深沢の日体大

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■人生の原点は父にあり

〈大学教授から衆院議員、そして今は母校の日本体育大の理事長を務め、「ちょんまげ先生」と呼ばれてきた。しかし、自慢のちょんまげがなくなった〉

昨年はがんとの格闘になってね。前立腺がんに悪性リンパ腫、そして膵臓(すいぞう)がん。転移ではなく、ほぼ同時期に相次いで見つかりました。膵臓がんは11月中旬に切除しました。「ステージ2」と言われましたが、早期に発見できてよかったと思っています。その前に見つかったリンパ腫にはR-CHOP(アールチョップ)という抗がん剤治療で対処しようと。その治療のために髪の毛が一気に抜けてしまってね。

何も着けないのは、さすがに頭が寒い、だけど帽子をかぶると蒸れる、ということで、今の頭は医療用かつら。「若返った」と言ってくれる人がいるよ。息子と間違われることは、さすがにないけどね。

〈昨年11月末に職務復帰。取材中、昨年の大相撲九州場所で十両優勝した日体大出身の友風らが表敬訪問。「優勝賞金を母親に仕送りしたか」「初場所で9番勝てば幕内だな。頑張れよ」などと声をかけて激励した〉

手術後は出張や夜の会合を控えていますが、人と会わないわけにはいかない。ましてや、活躍したかわいい後輩が来てくれたんだから…。

母校の理事長は人生最後の奉公という思いで務めています。永田町の世界から転身したのが7年半前。その頃と比べて日体大の空気は確実に良くなったと思います。でも改革は道半ば。大学にとって重要な東京五輪・パラリンピックも控えている。元気に見せないとね。

〈「人生の原点は父にある」という〉

父、庄造は夜間大学に2回通って税理士と計理士の資格を得た苦労人で、大阪学院大の前身である関西簿記研究所の設立にかかわっています。私も珠算2級を取得していて、大学の職員らに「数字に強い」と言われています。これは父からの遺伝ではないか、と。

父は大阪府泉佐野市議も2期務めました。当時、地元で大きな問題が起きました。私が小学生から中学生になる頃だったかな。京都大が隣の熊取町に原子力研究所(現・京大複合原子力科学研究所)を設置する、という話が持ち上がったのです。

住民は「原子力」と聞いただけで猛反対。しかし父は「日本にとって将来必要なものになる」と賛成しました。次兄の光雄(卒業後、シャープに就職し、技術者になる)が京大工学部生だったこともあって、父は住民から「原子力賛成とはけしからん」とか「京大から便宜供与があったんじゃないか」とか思われたのでしょう、次の市議選で落選しました。父は票にならないことであっても、将来を考えて判断したわけです。この父の政治姿勢が私が政治家を志す原点になり、その後の私の活動のすべてに影響していったと言っても過言ではないでしょう。(聞き手 今堀守通)

【プロフィル】松浪健四郎

まつなみ・けんしろう 昭和21年10月生まれ。日本体育大卒、日本大院修了。体育科学博士。専修大教授を経て平成8年10月に新進党で衆院初当選。自由党、保守党、自民党などで3期務め、外務政務官、文部科学副大臣などを歴任した。23年6月から日体大理事長。ほかに日本・アフガニスタン協会理事長、日本レスリング協会副会長。趣味はサボテン栽培。

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