話の肖像画

元最高裁判事・園部逸夫(89)(8)

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■尻切れだったロッキード裁判

〈裁判官に転身し、東京地裁から東京高裁、前橋地裁、最高裁調査官などを歴任。いったん筑波大教授・第1学群長、成蹊大教授とアカデミズムの世界に戻った後、平成元年、最高裁判事に。11年に定年退官するまで、数多くの裁判に関わる。7年2月に、最高裁大法廷で判決が下された総理の犯罪「ロッキード事件・丸紅ルート」もその一つだ〉

あれは、訳が分からないところが残った事件でしたね。上告中だった田中角栄元首相は、途中で亡くなってしまった(平成5年、75歳で死去、裁判は公訴棄却=審理の打ち切り=となった)。生きていたら、もっと言いたいことがあったと思う。こちらも聞きたかった。

裁判としては、真相が分からないまま、尻切れとんぼに終わってしまった感があり、残念なことでした。(賄賂と認定された)5億円を受け渡したとされた場所などについても、疑問点は残ったでしょ。英国大使館裏に止めた車の場所は最高裁から近かったので、散歩がてら実際に見に行ったこともありましたが…。アメリカの陰謀ですか? それはよく分かりませんけどね。

政治家としての田中さんを、私は評価していました。学歴がない本当のたたき上げで首相にまでなった人です。バイタリティーや行動力にあふれ、言いたいことを言い、官僚もうまく使いこなした。今の日本には、あんな政治家はいなくなりましたね。ロッキード事件に関わったことで、人間としても、政治家としても生命を縮めてしまった感があります。

「金権体質」などと批判され、袋だたきにあったまま亡くなってしまった。そういう面がまったくなかったとは言いませんが、随分、メディアの報道によってねじ曲げられ、そこだけに焦点が当てられてしまった感があります。事件に関わらなければ、日本の政治は違ったものになっていたと思います。もちろん、良い方にですが。

〈「個人情報保護法(平成17年全面施行)」では、法案のたたき台となる大綱案作成に向けて論議する政府の個人情報保護法制化専門委員会の委員長を務めた。一方、メディア側は「報道の自由」「知る権利」を訴えて対立した〉

法制化の発端は、IT時代となってインターネットが普及し、多くの個人情報があまりにも開けっ広げになってしまうのではないか、プライバシーをはじめとする個人の権益が侵されてしまうのではないか、という国民の不安が高まったことでしょうね。個人の情報は、「守る」のも「出す」のも個人の自由にさせてほしい、周りから勝手にどんどん引き出されるのは困る、ということです。グローバル化に伴う国際標準にもかなっていたと思います。

一方、メディアは「引き出す」側ですから、どうしてもぶつかる。「報道の自由」「国民の知る権利」も大事ですから、仕方がないことです。学校や町内会の名簿までつくれない、といった批判もあるでしょう。ただ、どこかで線を引かないといけない問題です。何事も行き過ぎはいけません。(聞き手 喜多由浩)

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