昭和天皇の87年

統帥権干犯問題をあおる野党 党利党略が国家を危うくした

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 いわゆる統帥権干犯問題が議会で火を噴くのは、その後である。4月25日の帝国議会。政友会の鳩山一郎が質問に立ち、政府を激しく攻撃した。

 「政府が軍令部長の意見に反し、或は之を無視して国防計画に変更を加へたと云ふことは、洵(まこと)に大胆な措置と謂(い)はなくてはならない。(中略)全く乱暴であると謂はなくてはならぬ」

 大日本帝国憲法下では、軍の作戦や用兵は政府から独立した統帥権(帝国憲法11条)であり、海軍軍令部長(陸軍は参謀総長)が天皇を補翼(ほよく)する(※3)。一方、兵力量の決定は統帥権ではなく編成大権(帝国憲法12条)とされ、軍政を担う海相か陸相が輔弼(ほひつ)するのが慣例だ。しかし、政友会などは統帥権であると拡大解釈し、倒閣運動の材料としたのである。

 政党が党利党略に走るとき、国家は危機に陥る。以後、軍部は政治が関与できない統帥権を振りかざし、やがて政党政治は終焉する。それを招いたのは、政党自身だったといえるだろう。

 それだけではない、かつて教えを受けた東郷平八郎も、この問題で昭和天皇と意見が離れてしまうのだ--。

(社会部編集委員 川瀬弘至 毎週土曜、日曜掲載)

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