浪速風

お正月は日の丸を 「旗日」は死語じゃない

一般参賀に臨まれる天皇、皇后両陛下と皇族方に向かって振られる日の丸の小旗=2日、皇居(桐原正道撮影)
一般参賀に臨まれる天皇、皇后両陛下と皇族方に向かって振られる日の丸の小旗=2日、皇居(桐原正道撮影)

作家の田辺聖子さんの生家は大阪・福島にあった写真館である。「田辺写真館が見た昭和」(文芸春秋)に「正月は戦場だった」と書く。晴れ着姿の客が引きも切らず、合間に写真技師たちが雑煮やお節料理をかっ込む。田辺さんも若い衆にまじって雑煮を食べ、急いで登校する。元日は「式日」だった。

▶「道路は清掃され、門松は小さいが、どんな家の軒にもあり、翩(へん)翻(ぽん)と翻(ひるがえ)るのは、あの●(=歌記号)白地に赤く/日の丸染めて/…の、日章旗」。戦前の光景だが、最近は正月に日の丸を掲揚する家をほとんど見なくなった。「小学生の子供らにとって、その眺めはいかにも非日常のすがすがしさに感じられる」のに。

▶祝祭日を「旗日」と呼ぶのは、国旗を掲げて祝うからだが、死語になりつつある。平成最後となる2日の新年一般参賀では、平成最多の約15万4800人が訪れ、日の丸の小旗が揺れた。皇太子さまの新天皇即位では、家々の日の丸でお祝いしたいものだ。