倒れざる者~近畿大学創設者 世耕弘一伝

(8)「俺のところはタダやから…」布団に雪、受験準備中の暮らしぶり

 それを電線をからめて家の体裁にして古いトタンで屋根をふき、隣から裸電球を引っ張ってきていた。確かに冬で冷え込みが厳しかったが、寝ている間に雪が吹き込んでくるような粗末なつくりだった。

 「なるほど、これなら家賃はいらんのは当たり前のことだ」

 学友は納得したが、同時にひとつ感心したことがあった。家はぼろぼろだったが、本棚には実にたくさんの本が並んでいたのだ。

 弘一は昭和5年から東京・池袋(現・豊島区)に居を構えたが、取材に訪れた新聞記者が「魚屋の横町の自動車も入らぬ路地の庶民級の住宅」と書いたことがあった。その家でさえ借家だったのだが、弘一は「俺は一生、自分の家を持ったことがない。それが政治家の誇りだ」と語った。布団が雪に積もった苦学生時代のエピソードはそんな弘一の原点なのかもしれない。=敬称略(松岡達郎)