海外での再評価が進む前衛美術グループ「具体美術協会」(72年解散)のメンバーで、パリ在住の美術家、松谷武判(たけさだ)さん(81)。キャンバスにたらしたボンド(ビニール系接着剤)に黒鉛を塗り重ねる、東洋的な作品が特徴だ。来年6月の現代美術の殿堂、ポンピドー・センターでの個展も決まり、多忙を極める。一時帰国の松谷さんに最近の活動などを聞いた。(聞き手 丸橋茂幸)
-ポンピドーは、欧州最大規模の近現代のコレクションを誇る、美術館の中の美術館ですね。
イギリスではテート・モダン、アメリカではMoMA(ニューヨーク近代美術館)、ヨーロッパではポンピドー・センター…。そうした美術館で仕事を発表することは作家にとっての目標であり、夢。ずっとやりたいと思っていました。
-どのような経緯で展覧会を
ポンピドーの主任学芸員、クリスティーヌ・マッセル(Christine Macel)さんとの出会いです。個展の会場では出会ったことがなかったのですがずっと私の作品を見続けていてくれたのです。彼女からは「具体のことはわかっています。あなたはそれ以降も、すばらしい仕事をしていました」と言われたんです。昨年の国際美術展「ベネチア・ビエンナーレ」でも総合ディレクターを務めておられ、彼女に選んでいただきました。来年のポンピドーの個展も彼女との出会いからです。
-展覧会はどのようなものに
開催は6月で、50年代から現代までの作品50、60点を展示する予定です。
新作の大作も1点つくる予定です。
-鉛筆を塗り込んだ漆黒の作品が印象的です
29歳まで日本にいたことで、墨の黒というのは自分の中にいつもありました。60年代後半、70年代に版画をさかんにやっていたのですが、銅版画をプレスするときに、インクの黒がにじみ出てくるんです。とても気になり、それを鉛筆を使って表現できないかと。
当時は、絵も売れない。僕のことを誰も知らない。ただ時間だけがたくさんある。毎日、日記を書くように、鉛筆で一本一本の線を重ねていったのです。
-その黒がとても東洋的で作品の評価も高い
谷崎潤一郎の著書に「陰翳礼讃(いんえいらいさん)」というのがあるのですが、そこには日本家屋の薄暗さ、昔の文楽舞台の燭台(しょくだい)の明暗など日本的な美意識が鋭い観察眼で語られています。それを読むたびに、自分の黒を突き詰めていく姿勢に間違いはないという自信になっていった。それに日本を離れたことで、より日本的な良さを客観的に感じ、見ることができるようになったのです。
-今年11月に、同じ具体メンバーだった堀尾貞治さんが亡くなりました。
彼は、創作の「瞬間」を定着させる、すごさがあった。エネルギーというか、情熱がすごい。そういう堀尾さんと会っていると、考えすぎたり、作りすぎたりしてしまう自分にはとても刺激になる。