昭和39年物語

(17)「主砲」山内一弘の苦悩…メガネ外して「阪神第1号」

 「阪神は小山をトレードに出して損をした-と言う人がいるのも知っている。今のオレじゃそう言われてもしかたない。でも、オレはこのままじゃ終わらん」

 4月16日、甲子園球場での国鉄6回戦。2-1で迎えた八回1死、山内はメガネを外して打席に立った。そして初球を打った。快音を発した打球は左翼ラッキーゾーンへライナーで飛び込んだ。開幕から20試合目に出た主砲の一発だった。

 「きのう三宅が『ヤマさんはメガネをかけないで13年も野球をやってきたんでしょ。今更かけることはないと思いますよ』と言ってくれた。外そうか…と悩んでいたときだったから、三宅の一言で決心がついた。外してよかったよ」とうれしそうに笑った。

 39年、山内は31ホーマーを放ってチームの優勝に貢献する。苦悩の末にやっと生まれた阪神第1号であった。

=敬称略 (田所龍一)