【新風賞】静岡大学教授・楊海英氏 「草原の視点」で中国の動向注視
「正論」執筆陣に加えていただいて、まだ「一年生」の私に正論新風賞を授けるとの知らせを受け、大変驚いた。「私なんかでいいのだろうか」と思いながらも、うれしかった。そして、学恩を受けた偉大な師匠たちの教えを改めて思い起こし、研究と評論の醍醐味(だいごみ)を感じている。
私は天安門事件が発生した1989年に日本に留学し、翌年に大阪にある国立民族学博物館(民博)併設の大学院博士課程に入学した。戦前に内モンゴルで民族学的調査研究を行っていた梅棹忠夫先生の門下生になりたいという一心で、先生の「学問の玄関」を叩いた。「学界に媚びるよりも、マスコミと市民に媚びよう」、など梅棹先生の名言は多く、当時の民博の先生たちの研究は学界だけでなく、市民社会でも広く知られ、高く評価されていた。私も当然、その影響を受けた。
研究者の学界での評価は、しっかりした学術的成果によってなされるものであり、特定の権威や政治に媚びることで得られるものではない。だから、「学界に媚びる必要はない」。しかし、学者の研究は国民の税金によって賄われており、成果を常に社会に発信しなければならない。報道陣は市民の声を代弁しており、だから、「マスコミと市民に媚びよう」と梅棹先生は指導していた。
モンゴル草原出身の私を広大な中央ユーラシアに連れて行ってくださったのは、民博の松原正毅先生(現名誉教授)である。科学研究費補助金(科研費)による現地調査だったが、先生は帰国後にはいつも新聞や雑誌で遊牧社会に関する最新の知見を披露していた。先生はある雑誌に「草原の風」と題する紀行文を連載していたし、それを読んで、モンゴルやユーラシアに関心を抱くようになった方々が大勢いた事実を私は知っている。
現在、強大化した中国は国内の遊牧民を強制的に定住させて苛烈な弾圧を加え続けているだけでなく、海にも進出してきて、日本と国際社会の脅威となっている。今回の受賞を楯に、今後も世界史の視点、草原からの視点で覇権国家中国の動向を注視してまいりたい。
【プロフィル】楊海英
よう・かいえい 日本名・大野旭。静岡大学人文社会科学部教授。専門は文化人類学。1964年、南モンゴル(中国・内モンゴル自治区)オルドス高原生まれ。北京第二外国語学院大学日本語学科卒業。89年に来日し、国立民族学博物館、総合研究大学院大学で文学博士。2000年に日本に帰化し、06年から現職。中国の文化大革命や民族問題を研究テーマにしている。10年に司馬遼太郎賞、16年に国家基本問題研究所「日本研究賞」を受賞。産経新聞「正論」執筆メンバー。主な著作に『墓標なき草原-内モンゴルにおける文化大革命・虐殺の記録』『逆転の大中国史 ユーラシアの視点から』など。