話の肖像画

ノンフィクション作家・神山典士(58)(2)

ノンフィクション作家・神山典士
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■偽ベートーベン事件の真相

〈ジャーナリストとして名前を知られるきっかけとなったのが、平成26年のスクープ記事「全聾(ろう)の作曲家はペテン師だった!」(週刊文春2月13日号)だ。「被爆2世」「全聾」という境遇を背負い作曲した「交響曲第一番 HIROSHIMA」をヒットさせ、「現代のベートーベン」として時代の寵児(ちょうじ)となっていた音楽家、佐村河内(さむらごうち)守氏の虚構を白日のもとにさらした〉

ゴーストライターを18年も務めていた新垣(にいがき)隆さんの独占インタビューを掲載しました。だけどね、この記事を書いた目的は、嘘を暴いてやろうっていうのではなくて、子供たちに大人として正しい行動を見せたかったからなんです。

その前年に出版した「みっくん、光のヴァイオリン」は、佐村河内氏から提供された曲を演奏している義手のバイオリニストの女の子、みっくんと、その両親と妹という家族に取材して書いた本です。この本で僕は、佐村河内氏はみっくんの師匠として、新垣さんは伴奏のピアノの先生として登場させています。

出版後も僕とみっくん一家との付き合いは続いていましたが、佐村河内氏が有名になっていく中で、みっくんに対する要求が過剰になったと、両親から相談を受けるようになりました。「コンサートに出してあげるから、義手を外してステージに上がりなさい」などと強要されている、というのです。腹が立ちました。

〈そんなとき、一家のもとに、新垣さんから「私がゴーストライターだ」という衝撃の告白がもたらされる〉

呪縛に苦しんでいた新垣さんは、「自分は音楽界から消えます」と、一家の前で頭を下げました。

その姿を見て、僕の中に、それで終わりにしてはいけないという思いが沸き上がった。僕だって、多くのマスコミと同様、虚構に加担してしまった「共犯者」の一人です。僕は真相を世に訴えることで責任を取りたい。新垣さんに対しては、世間に対しても謝らなくては、と説得しました。そして、あの記事になったのです。

〈文春のスクープ記事から間もなく、カメラの列の前に憔悴(しょうすい)した新垣さんの姿があった。「指示されるがまま曲を書き続けてきた私は共犯者です。障害をお持ちの方、彼の言葉を信じて聞いてくださった方々、見事な演奏をしてくださった演奏家の方々、本当に申し訳ありませんでした」とわびた〉

その後の新垣さんは表舞台に出て、現代音楽のリーダーの一人として活動している。すべてを正直に謝ったことで、正々堂々と生き直すことができました。テレビ番組で火が付いて人気者にもなりましたしね。東北の被災地を、みっくんと一緒に演奏して回ってもいる。ある種、みっくんが彼の恩人です。彼女も妹もスクスク育っています。あの時、記事として発表するとした決断は、間違ってなかったと思っています。(聞き手 重松明子)

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