昭和天皇の87年

皇太子、パリを楽しむ 忘れられないアルザスの小宴

 一方、各界の著名人と懇談する晩餐会などでは、巧みな社交術を発揮したようである。

 例えば6月6日、パリの名門劇場オデオン座で英仏親善の歌劇「マクベス」が初演を迎えた夜-。主演の米人俳優ジェームズ・ハケットはミルラン仏大統領の観劇を求めたが、当日は日本大使館主催の晩餐会があり、大統領は裕仁皇太子との歓談を優先した。だが、供奉員から事情を聞いた裕仁皇太子は、晩餐会を早めに切り上げて大統領夫妻と一緒にオデオン座へ向かった。

 主演のハケットは、いつにも増して熱演したことだろう。貴賓席に日本の皇太子と仏大統領夫妻が座っていたからだ。たまたま来ていた米大使と英大使も貴賓席の隣室に招き入れられ、観劇後に国際色豊かな芸術談義が交わされた。

 この一件は翌日、ニューヨーク・ヘラルド紙のパリ版に「世界の四大強国の公式・非公式の代表者が芸術を媒介にして会した国際的な出来事」と好意的に報じられ、裕仁皇太子の配慮に感激したハケットは米大統領に打電して喜びを伝えたという。

 イギリスに続きフランスでも、裕仁皇太子の人気が高まったのは言うまでもない。

× × ×

 6月10~15日にベルギーを、15~20日にオランダを訪問した裕仁皇太子一行は再びパリに戻り、お忍びで市内観光や買い物などを楽しんでいる。

 初めて地下鉄に乗ったのも、このときだ。

 6月21日《パレ・ロワイヤル駅より地下鉄に御乗車、ジョルジュ・サンク駅にて下車され、それより自動車にて御泊所に御帰還になる。なお、ジョルジュ・サンク駅にて御降車の際、切符をお持ちのまま同駅の改札を通過される。御帰国後、御生涯を通じてこの切符を大切に保管される》(昭和天皇実録8巻52~53頁)

 それまで特別列車で移動していた裕仁皇太子にとって、一般市民と肩を並べて乗車する地下鉄は、忘れられない思い出となった。改札で切符を渡すことを知らず、日本に持ち帰って大切にしたことも、この体験がいかに貴重だったかを物語っている。

× × ×

会員限定記事会員サービス詳細