子供の幸せ喜ぶパパの歌? 藤原道長の和歌「この世をば-」の別解

 では、なぜ権勢を誇る歌としての解釈が蔓延(まんえん)しているのか。

 道長は天皇をも陵駕した人物として、特に後世の勤王家を中心に「野心家」として語られる。こうしたイメージに加え、道長が歌を詠む際、「誇りたる歌になむ有る」(小右記)と前置いたことも大きい。この一言は「おごり高ぶった歌だが…」とも訳せる。

 しかし、「誇り」には、自分の良い状態を喜び、それを態度や様子に表すこともあるといい、山本教授は「単純に自分の状況に対する喜び」と推し量る。

 道長は五男(四男とも)坊で、有能な兄に隠れ、出世の見込みは薄かった。ところが兄たちは死に、さらに兄の子は失脚。ライバルが次々と消えたことで、出世の道が開けた。

 「道長は妻や娘を出世の道具のように使ったように見られますが、女性たちのおかげで出世したことを、決して忘れない人だったと思います」と山本教授。宴会の欠席者をいちいち書き残したり、妻がつむじを曲げて慌てたりするなど、「いちいち気にする」人柄でもあったそうだ。

 ■良きパパ?

 こうした人柄や、さまざまなロジック、人間模様を踏まえ、山本教授はこの歌を次のように読み取る。

 《私は今夜のこの世を、我が満足の時と感じるよ。欠けるはずの望月が、欠けていることもないと思うと。なぜなら、私の月とは后である娘たち、また皆と交わした盃だからだ。娘たちは三后を占め、盃は円い。どうだ、この望月たちは欠けておるまい》

 娘が結婚した喜びや息子の栄達、そして一族の繁栄を願う道長の気持ちの高ぶりがにじむ。実資らもその思いを享受したからこそ、唱和したように思える。

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