吉田修一さん新刊「国宝」 芸極めた男の孤独と悦楽

青春篇、花道篇の2冊からなる大河小説。「歌舞伎を知らない人にも読んでほしい」と話す吉田修一さん(寺河内美奈撮影)
青春篇、花道篇の2冊からなる大河小説。「歌舞伎を知らない人にも読んでほしい」と話す吉田修一さん(寺河内美奈撮影)

 「自分にとって未知の世界を描きたい。スケールも大きく。そう思ったとき浮かんだ舞台が歌舞伎だったんです」。作家、吉田修一さん(50)の新作『国宝』(朝日新聞出版)は極道の家に生まれながらも、「日本の宝」と言われる希代の歌舞伎役者にのぼりつめた男の一代記。芸道を極め尽くした人間の孤独と悦楽が印象的に描かれる。

 昭和39年の長崎であった侠客(きょうかく)同士の争いで父を亡くした主人公・喜久雄は、縁あって関西歌舞伎の名家の養子に。生来の美しい容姿で「女形」として頭角を現す彼を、やがて血筋をめぐる確執や醜聞が襲う。栄光と絶望の落差にもがきながらも芸への愛を胸にはい上がる喜久雄の濃密な半生が、昭和の高度成長期から平成へと至る大阪や東京の空気とともにつづられる。

 執筆にあたり、歌舞伎役者の四代目中村鴈治郎(がんじろう)さんに教えを請うた。全国の劇場を一緒に回り、ときには黒衣となって役者の呼吸を感じとった。「観客としてではなく、舞台の内から外を見られたのが大きな支えになった」と吉田さん。

 だから芸の一本道を進む人間の内面を丁寧に掘り下げる。終盤、良き友でありライバルだった役者が病に倒れ、喜久雄の孤独は深まる。それでも磨き続けた芸は〈完璧を超えた完璧〉とされる域に達する。〈いつまでも舞台に立っていてえんだよ。幕を下ろさないでほしいんだ〉。孤高の喜久雄がたどり着く、舞台と現実との境界が揺らぐようなラストシーンは危うくもどこか神々しい光を放つ。

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