佐藤優の世界裏舞台

正教会による代理戦争

ウクライナで正教会の管轄をめぐって深刻な対立が生じている。〈キリスト教の三大教派の一つ「東方正教会」の筆頭権威コンスタンチノープル総主教庁は11日、トルコのイスタンブールで開かれていた主教会議(シノド)で、ウクライナ正教会を承認し、同正教会に対するロシア正教会の管轄権を認めないと決定した。ウクライナ側が求めていた露正教会からの独立が事実上認められた〉(12日の産経ニュース)

本件のもつ政治的意味が、日本人にはなかなか理解しにくいので、背景事情について少し詳しく説明したい。カトリック教会と正教会では、組織構成原理がまったく異なる。カトリック教会は、銀行の本店と支店のような関係で、ローマ教皇庁(バチカン)の決定にすべての教会が従わなくてはならない。

これに対して正教会は、蕎麦(そば)屋の長寿庵、砂場、和菓子屋の駿河屋、青柳のように「のれん分け」方式だ。古代には、ローマ、コンスタンチノープル(現在のイスタンブール)、アレクサンドリア、アンティオケア、エルサレムの5つの総主教座があった。もっともローマ、コンスタンチノープル以外は、イスラム教の支配下に入ったので、実際に「のれん分け」をするのはコンスタンチノープル総主教庁になった。ローマ教皇に対抗してコンスタンチノープル世界総主教という呼称を用いることもある。

コンスタンチノープル総主教らが、1589年にモスクワに「のれん分け」をし、モスクワ総主教庁が生まれた。1686年にコンスタンチノープル総主教庁は、ウクライナ正教会はモスクワ総主教庁の管轄に属すると決定した。今回、それを撤回し、ウクライナ正教会に自治権を与えた。これは単なる宗教問題にとどまらず、強い政治性を帯びている。なぜなら、コンスタンチノープル総主教庁の背後にはNATO(北大西洋条約機構)加盟諸国の意思が働いているとロシアが受け止めているからだ。1917年のロシア革命後、共産党政権は宗教弾圧政策を取った。多くの聖職者や信者が亡命した。それらの反共系の亡命ロシア人からなる正教会をコンスタンチノープル総主教庁が支援してきた。東西冷戦が始まるとコンスタンチノープル総主教庁は政治的にNATO加盟諸国と価値観を共有するようになった。

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