津波報告「記憶ない」 武黒元副社長、謝罪も 東電強制起訴公判

 東電は長期評価には信頼性がないとしてすぐに対策に乗り出さず、土木学会に長期評価の妥当性の検討を委ねていた。検察官役の指定弁護士側は「対策を先送りし、漫然と原発の運転を継続した」と主張している。

 事故をめぐっては、元会長の勝俣恒久被告(78)も強制起訴されている。最大の争点は巨大津波を予見し、対策を取ることができたかどうかで、昨年6月の初公判で3被告側は「事故の予見や回避は不可能だった」としていずれも無罪を主張した。

 武黒一郎被告は東大工学部を卒業後、昭和44年に東京電力に入社。原子力計画部長や柏崎刈羽原発所長などの原子力畑の要職を歴任した。平成23年3月の原発事故直後には、フェローとして東電を代表して首相官邸に派遣され、官邸と東電本店の連絡役を務めた。

 福島第1原発所長だった吉田昌郎(まさお)氏の聞き取り調査をまとめた「吉田調書」や、東電の社内テレビ会議映像にも頻繁に登場。東日本大震災翌日の3月12日夜の海水注入をめぐっては、武黒被告と吉田氏の生々しいやりとりが残っている。

 原子炉冷却に使っていた真水が枯渇したため、1号機に海水注入を実施したところ、官邸にいた武黒被告が注水を中断するよう指示した。「官邸では、まだ海水注入は了解していない」というのが理由だった。注水継続を訴える吉田氏に対し、武黒被告は「四の五の言わずに止めろ」と指示していた。吉田氏は結局、独断で注水を継続した。

 一方、事故対応への介入を続ける菅直人首相(当時)ら官邸中枢からの指示に困惑する武黒被告の様子も残っている。官邸から東電本店に戻った武黒被告は、うんざりした様子で菅氏を「とにかく怒る人」と評し、「『イラ菅』という言葉があるけれども、あれから比べると吉田(昌郎)さんのドツキなんてものは、かわいいものだと思う」とぼやいていた。

 政府の事故調査委員会は最終報告書で、海水注入を中止させようとした武黒被告ら東電幹部の姿勢を問題視。「その場には複数の関係者がいたが、的確な応答をした者はおらず誰一人として専門家としての役割を果たしていなかった」と批判した。

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