北朝鮮のローマ法王招請、金日成時代には頓挫 「宗教の怖さ」痛感、弾圧続く

 【ソウル=桜井紀雄】北朝鮮・平壌は、日本統治からの解放までは「東洋のエルサレム」と称されるほどキリスト教が盛んだった。だが、朝鮮労働党は金日成(キムイルソン)主席の個人崇拝を徹底させ、宗教を弾圧してきた。金正恩(ジョンウン)党委員長によるローマ法王訪朝招請も対外イメージの改善にだけ利用される恐れは拭えない。

 「南北が和解と平和の方向に進んでいるとローマ法王庁に伝える」。平壌での9月の南北首脳会談に同行した韓国カトリック教会の代表者がこう話すと、金正恩氏は腰をかがめて「ぜひ伝えてほしい」と応じた。韓国側が金正恩氏の熱意の表れだとみる場面だ。

 2000年の南北首脳会談でも当時の金大中(デジュン)大統領が法王ヨハネ・パウロ2世の訪朝招請を持ち掛け、金正日(ジョンイル)総書記が同意したものの、実現しなかった。

 韓国に亡命した太永浩(テヨンホ)元駐英公使は著書に金主席の指示で1991年、外務省内に法王招請のための特別チームが組織された経緯を記している。ソ連(当時)が前年、韓国と国交を結ぶ中、外交的孤立を脱する狙いだった。家族にも隠して信仰を続けてきた1人の高齢女性を探し出し、バチカンの法王のもとに連れて行った。

 だが、表面では金主席や党への忠誠を誓いながら「一度心に入った神は離れない」と本心を漏らす女性の姿から、党は「宗教の怖さ」を痛感。計画は2カ月で立ち消えになった。党当局者は「法王が来れば、信者が急増するだろうに、誰が責任を取るのか」と及び腰で、金正日氏も当初から反対だったという。

 日本統治からの解放時、北朝鮮では教会57カ所に信者は5万2千人を数えたとされる。金主席の母親も敬虔(けいけん)な信者で知られた。だが、宗教を「害毒」とみる共産主義政権の樹立で多くのキリスト教徒は韓国に逃れ、国内では弾圧が続く。

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