沖縄の選択~「ポスト翁長」時代

(中)米軍基地整理・縮小「冬の時代」も 玉城氏登場で辺野古は「遠慮なく」

 知事選で玉城(たまき)デニー知事を支援した有力県議は「基地問題が解決したら沖縄は見放される。沖縄振興予算は減らされる」と語る。これを伝え聞いた自民党県連幹部は「それは一面の真理だ」と認めた。基地問題が、沖縄振興予算を継続的に引き出す交渉カードになってきた面は否めない。

 「玉城氏が知事になったことで、かえって辺野古は遠慮なく進められる」

 こう明かす防衛省幹部もいる。その認識の背景には、翁長雄志(おなが・たけし)前知事時代の「実績」がある。翁長氏は辺野古移設に反対して政府と激しく対立したが、工事はこれまでと比較できないほど進んだ。27年10月に本体工事、29年4月に護岸工事に着手し、今年8月17日には埋め立てを開始できるところまでこぎ着けた。

 確かに辺野古の軟弱地盤改良や設計変更で玉城氏の承認を得られなければ、工事がある時点でストップする可能性は残る。しかし、辺野古の一部区画では護岸工事が完了しており、防衛省幹部は「いけるところまで工事を進める」と語る。

 「官邸が怖い」

 翁長知事時代に進んだ米軍基地の整理・縮小は、辺野古移設だけではない。

 27年3月にキャンプ・瑞慶覧(ずけらん)の西普天間住宅地区(宜野湾市)の返還が実現した。28年12月に返還された北部訓練場(国頭村など)の面積約4千ヘクタールは、本土復帰後最大規模だ。いずれも日米両政府が8年に沖縄に関する日米特別行動委員会(SACO)で合意した計画に盛り込まれているが、実現まで20年かかった。