沖縄の選択~「ポスト翁長」時代

(中)米軍基地整理・縮小「冬の時代」も 玉城氏登場で辺野古は「遠慮なく」

【沖縄の選択~「ポスト翁長」時代】(中)米軍基地整理・縮小「冬の時代」も 玉城氏登場で辺野古は「遠慮なく」
【沖縄の選択~「ポスト翁長」時代】(中)米軍基地整理・縮小「冬の時代」も 玉城氏登場で辺野古は「遠慮なく」
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 9月30日の沖縄県知事選で、政府・与党は佐喜真淳(さきま・あつし)前宜野湾(ぎのわん)市長を総力支援した。米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古移設を実現するためには、何としても自民党系の知事が必要だとの判断からだ。だが、過去の経緯をたどると、保守系知事の時代に辺野古移設が順調に進んだとは必ずしも言えない。

 平成10年に就任した稲嶺恵一元知事は、15年間の使用期限付きで辺野古沖への移設を容認したものの2期8年の間、消極的態度に終始した。任期切れ直前、政府と名護市が合意した案にも明確に賛成しなかった。

 また、18年に就任した仲井真弘多(なかいま・ひろかず)元知事は25年末に辺野古埋め立てを承認したが、それ以前には「県外移設」を唱えていた。

 政府関係者は「保守系知事だと自民党政権が配慮して、相手のペースに合わせてしまっていた」と振り返る。自民党の大物議員が政府と県の交渉に介入して事態を混乱させたことも、一度や二度ではなかった。

 基地問題の真理

 沖縄県側がどこまで基地問題の解決に真剣か、疑わせるような発言もある。