高見国生の認知症と歩む

(1)人生の半分「家族の会」とともに

 昨年4月から産経新聞の大阪本社版に「認知症だより」を書かせてもらってきましたが、この度、東京・大阪両本社版に掲載されることになり、タイトルも「認知症と歩む」となりました。日本中の読者に見てもらえるようになったわけで、私としては大変うれしく、それだけにプレッシャーも大きくなりました。

 私はつい先日75歳の誕生日を迎えた、ほやほやの後期高齢者です。昭和18年に福井県で生まれましたが、5歳の時に福井地震に遭遇。倒壊した家屋の下敷きになり両親と家族が亡くなったため、生き残った私と姉は京都にいた2人の叔母夫婦に1人ずつ引き取られて育ちました。その叔母(養母)が認知症になり、28歳から37歳まで在宅で介護をしました。

 当時は介護保険もなく、家族の苦労は大変でした。そんな中で、55年に「呆け老人をかかえる家族の会」(現・認知症の人と家族の会)を結成し、昨年まで37年間代表理事を務めました。振り返ってみると、ナント人生の半分を「家族の会」とともに過ごしてきたことになります。