話の肖像画

アーティスト 中谷芙二子(85)(2) 霧は人と自然を結ぶ

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霧はその場の環境を読み取り、風に寄り添い、大気と響き合って刻一刻と姿を変えます。環境が彫ってくれる霧の千変万化こそが「霧の彫刻」。最後は自然に委ねるのが霧の彫刻の作法なのですが、こちら側も、霧の自由なパフォーマンスを最大限引き出すよう工夫を凝らします。

まず一番大事なのは場所選び。借景ですね。例えば、主客然とした立派な大木が霧に隠れ、遠くの教会が急に際だって見えたりする。そんな風景の中の主従逆転劇も、風が難なくやってくれる。

また、地形の高低差や地表の凹凸で空気の動きは変わりますし、池や川など湿度の高いところに霧は引っ張られる。土地の高低差や樹木を利用して、吹き抜ける風を捉え、乱流に変えたり。霧の動きを見込んだ上で、場所を選ぶのです。

気象条件も十分考慮します。特に風。風が吹けば、霧は蒸発して一瞬にして消えてしまいますから。データでは分からないローカルな気象条件、風向風速や風の道の分析など、専門家にアドバイスしてもらいながら、霧の設置場所を選び、ノズルの数を決め、密度や噴射角度などを調整します。

当初は、霧を追いやる風は邪魔者でした。霧を長く滞留させるため地表をでこぼこにしたり、樹木を植えて風をコントロールしようとしました。そのうち、霧や大気の習性が少し分かってくると、楽しむ余裕が出てきた。「やれるところまでやってみて」と霧に語りかけ、冒険できるようになったのです。霧によって見えていたものが見えなくなり、風のように本来見えないものが可視化されるのが面白い。

自然はその摂理に沿って動いています。だからこちらもそれを素直に受け止め、応えればいい。

〈大阪万博で霧の彫刻を発表して以降、純粋な水霧は環境意識の高まりで注目された。コンサートや舞台の演出に使いたいという依頼もあったが、すべて断った〉

ステージ効果として水霧を使うのはもったいないと思ったのです。霧が与えてくれる、かつて体験したことのない全く新しい身体感覚は、私にとって発見でした。その霧が、本当の意味で体感されないまま消費されることだけは止めたいと思いました。

〈「発見」を分かち合おうと、霧の彫刻、インスタレーション、パフォーマンス、公園設計など、世界各地で80を超える霧の作品を発表してきた。国営昭和記念公園こどもの森(東京都)の「霧の森」では、時間ごとに霧が辺りに立ち込め、子供らの驚く声、はしゃぐ声がこだまする〉

楽しみ方は自由。霧の中に入ると視界は遮られ、一瞬不安を感じる。普段の生活がいかに視覚頼りなのかが分かります。でもそこから、大人も子供もイマジネーションをフル回転させて、個々の記憶をたどったり、視覚以外の感覚を働かせていく。自然現象はつかみきれないから、楽しい。霧の彫刻は、人と自然の関係に自由を取り戻してくれるでしょう。(聞き手 黒沢綾子)

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