【新聞に喝!】辺野古とジュゴンの客観性 京大霊長類研教授・正高信男 - 産経ニュース

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新聞に喝!

辺野古とジュゴンの客観性 京大霊長類研教授・正高信男

 40年ほど前、サルの野外調査のために9カ月あまりぶっ続けでアマゾンの密林で暮らしたとき、いちばん苦労したのは食料の調達だった。米と豆だけは何とか町から運び込み、あとは猟や釣りでタンパク源を補う毎日だった。ただ河川の上流域なので大型の野生動物がいない。

 そんななかで最も美味に感じたのは、パカラナと呼ばれるテンジクネズミの仲間の齧歯(げっし)類を豆と一緒に煮込んだ料理だった。あどけない顔つきをしていて近年は、日本でもペットショップでよく見かける。こんなものを食っていたのかと知られるのはためらいをおぼえるので、帰国後は猟師以外の相手に今まで話したことはなかった。

 ふつう人が口にしない生き物を食用に殺していたと告白するのは、抵抗を感ずるものだ。ましてそれが今や保護動物に指定されているとなればなおさらである。本州に生息するニホンカモシカも実は美味だったと、パカラナのことを打ち明けるとお返しに話してくれたことが何度かあった。

 沖縄ではジュゴンが絶品だったと教わった。イノシシ以外の大型獣がいないなか、かつてタンパク源として重宝したという。縄文期の貝塚からも、食べかすとしてこの海獣の骨が出土する。

 テナガザルは唐の時代には中国大陸で広汎に見られたが今日ではすっかり姿を消し、十数匹が海南島にいるのみである。人間による狩猟でこうなったと考えられている。

 おそらく同じようなことが沖縄のジュゴンにも起こったであろうというのは、多くの動物学者に共通の見解だ。今日、単独で遊泳する個体がまれに沖縄の近海で見られても、遠く離れた所で生まれたのちに成長にともなって出自集団を出奔した、いわゆる「離れ」個体である。ニホンザルでも壮年のオスが1匹で東京のような都会にも出没するが、これにひとしいだろう。

 米軍普天間飛行場の移設が予定される辺野古の周辺の海でジュゴンを見かけたとすれば、そういう個体とみてまず間違いない-と考える哺乳類研究者は私をふくめ多数派ではないだろうか。

 沖縄の海の環境を保護する重要性を否定する意図はさらさらないが、基地移設がジュゴンの生態系破壊につながるというしばしばニュースで聞く主張は科学的な妥当性を欠くと思うのである。

 長年にわたり人間が食料にしてきたジュゴンの個体数を回復させるのは、テナガザルと同様に至難の業である。それを人魚伝説のモデルとなった動物の危機などと情緒的に訴えられると研究者として違和感を覚える。

 主張を支える科学的な証拠を確認するのはメディアの役目のはずだが、恣意(しい)的な情報の取捨によって客観性が放棄されていると感ずるのは私だけだろうか。

【プロフィル】正高信男(まさたか・のぶお) 昭和29年、大阪市生まれ。大阪大学大学院人間科学研究科博士課程修了。学術博士。専門はヒトを含めた霊長類のコミュニケーションの研究。