虎番疾風録

今でも破られていない「6糸差」の首位打者争い 其の一34

昭和51年、水平打法で中日・谷沢と熾烈な首位打者争いを演じた巨人・張本
昭和51年、水平打法で中日・谷沢と熾烈な首位打者争いを演じた巨人・張本

虎番疾風録 其の一33

「おもしろい戦いになるで」と藤田が予想したとおり、巨人・篠塚との首位打者争いは熾烈(しれつ)な戦いとなった。

10月4日の中日26回戦(ナゴヤ)、藤田が3打数2安打で打率を3割5分8厘9毛に伸ばせば、篠塚も5日のヤクルト26回戦(後楽園)で5打数3安打。打率を3割5分5厘5毛に上げ、その差は「3厘4毛」となった。

ちなみにプロ野球の長い歴史の中で、いまだに破られていない「超僅差」の首位打者争い―は、昭和51年の中日・谷沢健一(3割5分4厘8毛4糸)と巨人・張本勲(3割5分4厘7毛8糸)の争い。なんと「6糸差」のミクロの戦いだった。

余談だが、藤田と篠塚職人打者同士の技の戦いが、クリーンな争いとなった大きな要因は、阪神と巨人の対戦がすでに終了していたことだ。これが、1試合でも残していると「故意四球」問題が必ず起こる。

近年では平成26年、オリックスの糸井嘉男(3割3分1厘、現阪神)と楽天・銀次(3割2分6厘)の争い。10月4日、コボスタ宮城で行われた楽天-オリックス23回戦で、銀次は20球すべてボールの5打席連続四球。こんな光景は今も昔も変わらない。

古くは昭和36年のパ・リーグ。東映の張本勲と大毎・榎本喜八の争い。逆転を狙う榎本は公式戦最終戦となる10月17日の東映戦(駒沢球場)に「1番」で出場したが、一回いきなり敬遠の四球。これが、プロ野球で最初の「初回先頭打者敬遠四球」と言われている。

第2打席も歩かされた榎本は、望みを絶たれてベンチに引っ込んだ。すると、打率確保のためスタメンから外れていた張本が、5-3で迎えた八回1死一、二塁の場面で代打で登場し、なんと右翼へだめ押しの3点ホームラン。打率3割3分6厘で初の首位打者に輝いたのである。

1試合の最多四球の日本記録は、平成3年10月13日の中日-ヤクルト戦で中日の落合博満(打率3割3分5厘)が記録した6四球。ヤクルトの古田敦也が打率3割3分9厘で首位打者となった。

連続打席四球の記録となるともっと凄(すご)い。昭和63年のロッテ・高沢秀昭と阪急・松永浩美の争い。高沢3割2分7厘、松永3割2分3厘で迎えた10月22日からの3連戦。高沢は欠場。松永が22日の試合でいきなり2安打して打率を3割2分6厘に上げると、ロッテベンチは第3打席から松永を歩かせた。

そして「故意四球」は23日のダブルヘッダーでも続き、なんと11打席連続四球のプロ野球新記録を樹立。本当は12打席連続―となるところだったが、怒った松永が明らかなボールを3球空振りし故意三振でシーズンの最終打席を終えたのだった。

余談はここまでにしよう。藤田-篠塚2人の戦いが、いよいよクライマックスを迎えた。(敬称略)

虎番疾風録 其の一35

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