イラク住民投票から1年 クルド早期独立は遠く 自治政府、強硬路線を転換

 これを受け、中央政府は態度を軟化。クルド人自治区の公務員らの給与の一部負担や、国際便の自治区への乗り入れも再開された。

 白旗を上げた自治政府側はその後、強硬路線からの転換を余儀なくされた。先の外交筋は、「独立が阻止された後、クルド側は自らの意向を政策に反映させるため、バグダッドの中央政府との協議を積極的に行っている」という。

 中央政界では、5月の国会(定数329)選挙を受けた次期政権の連立協議が難航。最大勢力となった反米有力指導者、サドル師の政党連合などシーア派諸勢力やスンニ派勢力のつばぜり合いが激化する中、アバディ首相は退陣の危機にひんしているといわれる。

 同選挙で40以上の議席を確保したクルド勢力としては、次期政権への影響力を確保することで、将来の独立のチャンスをうかがう方針とみられる。

【用語解説】クルド人

 イラク北部やトルコ、シリア、イランなどにまたがって居住する民族で、1920年代以降、各地で独立運動を展開した。特にイラクでは反政府武装闘争が盛んで、激しい弾圧を受けた。91年の湾岸戦争後、米英が「クルド人保護」を名目にイラク北部を飛行禁止区域に設定したことで中央政府の影響力が弱まり、自治が確立された。

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