--海外公演を数多く経験された中で、舞踊劇の「隅田川」はどの国でも圧倒的に受けたそうですね。一番最近では平成2年秋にパリとフランクフルトでおやりになっています。
歌右衛門 パリは遊びに行ったことはありますが、芝居でまいりましたのは初めて。もうそのころ私は車いすでした。パリは(観客の)目が高くてこわいところですから。
--パリのシャンゼリゼ劇場で「隅田川」の終演後、お客さんが立ち上がって拍手していたそうですね。
歌右衛門 男の方も涙を流して見ていただきました。
--あちらの劇評にこうありました。
《「観客の心を揺り動かす圧巻は、中村歌右衛門の見事な演技である。もう若くない女の役づくりは幻覚を覚えさせるほどである。その人物の尊厳、内面性、抑えられた感情、これらすべての悲痛な表現の真実性は、憐憫(れんびん)をもよおさせる唇の動きと狂気の希望のほほえみの輪郭を通して人を感嘆させる…」(フィガロ紙)》
歌右衛門 私のやる「隅田川」は、前の藤間勘十郎さん(故藤間勘祖)が私の体に合わせて振り付けをしてくださった。これも大変な力です。
--子を失った母親の悲しみ狂女となってのさすらい…。そうしたストーリー性が外国人にも理解されやすいでしょうし、清元志寿太夫(きよもと・しずたゆう)(1898~1999年)さんの音楽も。