虎番疾風録

一人だけの「西本塾」開講 其の一30

野球評論家となった西本氏から多くのことを教わった
野球評論家となった西本氏から多くのことを教わった

虎番疾風録 其の一29

たった1年でも担当記者を泣かせた近鉄・西本監督。そんな「人」を得た同僚記者の山本豊が羨(うらや)ましかった。

実は西本幸雄と虎番記者との交流はここから始まる。ユニホームを脱いだ西本はスポーツニッポンの評論家になった。当時、後楽園球場の記者席は、サンケイスポーツの隣がスポーツニッポン。巨人戦で遠征に行くと、平本先輩と西本御大に挟まれて野球を見るという幸運を得た。

「なんか、毛利を支える両川じゃなく、両本みたいですね」

「アホなこと言うとらんと、西本さんにしっかり野球を教えてもらえ」

平本の口添えのおかげで、なんと西本御大から直接、講義を受けることになったのである。

「ヒットエンドラン、知ってるか?」

ある日、西本先生からこんな質問を受けた。158センチの小兵とはいえ、中学-高校(1年まで)と野球部に所属。当然、知っている。少し、ムッとしながら「ランナーが走って、打者が打つ。あれでしょ?」と答えると、「ほな、ランエンドヒットは?」と来た。返答に窮してしまった。

「最近は解説者でもこの違いが分からんと、平気で『4番バッターにエンドランが決まりましたねぇ』と言うとる。実に嘆かわしい」

――どう、違うんですか?

西本先生の講義が始まった。

「ランエンドヒットのとき、一塁走者は盗塁のつもりでスタートを切る。打者は打っても、打たんでもええ。ヒットになって一、三塁。外野の間を抜ければ1点という攻撃的なサインや」

――ヒットエンドランは違うんですか?

「エンドランはどうしても一塁走者を二塁に進めたい。でも、送りバントで相手に簡単に1死をやりとうない。できれば野手の間を抜けてヒットになってくれたら…という気持ちで出すサインや。だから、打者はサインの出た次のタマを必ず打ってゴロにする。走者が進めば内野ゴロでも成功。犠打にはならんが、自分を犠牲にするチーム打やな」

――ということは、主軸打者には出さないサインですね

「そうや。ただ、例外もある。主力打者がスランプに陥って、好球が来てもなかなか手が出ない―という状態のときに、あえて、エンドランのサインを出してやるんや。絶対に次のタマを振らなあかん―と、気持ちに踏ん切りがつく。それが、ヒットになってスランプから脱出するというケースがようあるんやな」

いま思えば、なんと贅沢(ぜいたく)な野球講義だったろう。一人だけの「西本塾」は、巨人の本拠地が「東京ドーム」に変わる昭和63年まで続いた。(敬称略)

虎番疾風録 其の一31

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