阪神の監督問題も一段落。10月4日、筆者は大阪・森之宮の日生球場にいた。前期未消化だった近鉄-阪急のダブルヘッダー。近鉄の西本幸雄が20年にわたる監督生活にピリオドを打つ「さよなら試合」に当てられていた。
〈へぇ、こんなカードが残ってたやなんて、なんか運命的やな〉と感心しているのは虎番一人。狭い記者席には御大の最後のユニホーム姿をみようと、OBの近鉄担当記者がドーッと押し寄せ、異様な熱気に包まれていた。
最後の打者、阪急の藤本が三ゴロに倒れると、スタンドから5色のテープが滝のように投げ込まれた。通算2665試合。闘将のフィナーレ。照明灯が消され、マウンドに立った西本を一筋のスポットライトが照らす。シーンと静まりかえる日生球場に「68」番の決別の言葉が響いた。
「実に充実した、そしてやりがいのある20年でした。若い血に溢(あふ)れる選手を預からせてもらって、男冥利(みょうり)に尽きる。ただこのひと言です」
ウオーという地鳴りのような大歓声が起こる。その興奮が収まるのを西本は待った。そして―。
「本日をもちまして、二度とユニホームを着ることはありません。ファンのみなさま、本当に長い間、ありがとうございました」
近鉄ベンチから鈴木、平野、井本、梨田たちが飛び出した。阪急ベンチからも福本、山田、加藤ら教え子たちが花束を持って駆け寄った。みんな泣いていた。
2万5千人、超満員のスタンドから「ニ・シ・モ・ト」コールが沸き起こる。そして涙を拭いながら場内を1周した西本監督を最後は、近鉄と阪急の全選手で胴上げだ。1、2、3、4―西本は8度宙を舞った。通算1384勝1163敗118分け。リーグ優勝8度。一度も日本シリーズで勝てなかった悲運の将の「日本一」の舞であった。
さよならセレモニーが終わると、ベテラン記者たちが西本監督を取り囲んだ。みんな、泣いて目を腫らしている。
「やっぱり泣けたなぁ。言うちゃぁなんやが、オレは照れ屋ではにかみ屋で、涙もろいんやぞ」
「監督、そんなん自分で言うもんちゃいますよ」
「自分で言わな誰も言うてくれんやないか。闘将とか頑固おやじとか言われてきたけど、それは本当のオレやないで」
「はい、はい。みんな分かってますよ」
記者会見場の片隅では近鉄担当1年目、同い年の同僚山本豊が、黙って肩を震わせていた。
〈安藤監督とこんな関係になれるとええなぁ〉そのころ、編集局に米国フロリダの小河先輩から「安藤監督の帰国は10月22日」という連絡が入っていた。(敬称略)