虎番疾風録

「安ちゃん」と呼ばれた男 其の一27

阪神の1軍監督就任が決まった「安ちゃん」こと安藤2軍監督
阪神の1軍監督就任が決まった「安ちゃん」こと安藤2軍監督

虎番疾風録 其の一26

左方キャップの報告によると、10月1日、大阪・梅田の阪神電鉄本社では「次期監督」の最終的な詰めが行われた。小津球団社長が「阪神の再建は阪神の手でやる。それもフレッシュな力でやるべきである」と本社上層部を説得し了承を得た。そして、米国フロリダの教育リーグに参加している安藤統男(もとお)2軍監督へ連絡し、内諾を取った。

「本社前で小津さんがご飯の話をしたやろ。あれで、決定したと分かった。今日は今までと違うぞ―ということを、暗に言葉の中に含ませる。時々、小津さんがやる手や」

〈すごい!〉ナゴヤ球場の記者席でこの話を聞き、キャップにただ敬服するばかりだった。

阪神の次期監督に安藤決定―というニュースは、編集局にも新鮮な風を呼び込んでいた。デスクたちの声にも張りがあった。

「2軍監督になったばっかりやし、まだ早いかと思っていたが、考えてみたらええ人選や」

「OB監督の復活はええけど、リバイバルはご免やった。色が強く出過ぎて、嫌いなタイプはすぐに放出か冷や飯。それを繰り返してきた結果が、今の寄せ集めになってる。安ちゃんに期待大やな」

安藤2軍監督とともに米国フロリダに入っていた、もう一人の虎番、小河鋼次先輩もにわかに忙しくなった。

「安ちゃんがアメリカに出発するとき、ひょっとしたら帰ってきたときに1軍監督になってるんとちゃうか-と冷やかしたが、ホンマになってしもたな」。平本先輩も安藤監督のことを「安ちゃん」と呼ぶ一人だった。

平本と安藤の関係は東京六大学時代に遡(さかのぼ)る。平本は法大、安藤は慶大で1年後輩だった。

「安ちゃんはわれわれの時代の花形選手。そやのに、試合のたびに背番号のないワシに平本さん元気ですかと声を掛けてくれた。そういう男なんや」

この話をすると安藤2軍監督は笑った。

「龍一、逆や。平本さんがオレに声を掛けてくれていたんや。神宮球場に入るとユニホームを真っ黒にした平本さんが、いつもおお、安ちゃん、今日も頑張れよ!って励ましてくれた。どんなにうれしかったか」

〈思わぬ展開…〉

「平本さんには背番号も胸のネームもなかった。名門広島商から法大に入って4年間、一度もやぞ。それでもオレに声を掛けてくれるときは胸を張っていた。野球は華やかな部分だけを見てたらあかん。アマもプロもそういう人たちに、しっかりと支えられているんだよ。龍一、平本さんみたいな記者になりや」

ブレイザーから中西太、そして安藤統男へ。担当2年目で3人。新米虎番記者にとって初めて心から「監督」と呼べる監督だった。(敬称略)

虎番疾風録 其の一28

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