文化遺産は語る(3)

楠公さんの無念語る「未完」の塔 観心寺建掛塔(大阪府河内長野市)

【文化遺産は語る(3)】楠公さんの無念語る「未完」の塔 観心寺建掛塔(大阪府河内長野市)
【文化遺産は語る(3)】楠公さんの無念語る「未完」の塔 観心寺建掛塔(大阪府河内長野市)
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 高野山真言宗の古刹、観心寺(かんしんじ、大阪府河内長野市)に、未完を意味する「建掛(たてかけ)塔」(重要文化財)という不思議な建物がある。建立を発願したのは「楠公さん」こと楠木正成(くすのき・まさしげ、1294?~1336年)。三重塔になるはずが正成の戦死で、初層(1階)のみの完成で建設が止まったと伝えられる。ところが、塔が完成していたことをうかがわせる文書や絵図があるという。塔は本当に未完だったのか-。

 建掛塔は秘仏本尊「如意輪観音菩薩像」(にょいりんかんのんぼさつぞう、国宝)で有名な金堂(同)の東側に立つ。朱塗りの柱が目を引く金堂と比べ、つくりは素朴。古民家を思わせるかやぶきの屋根が、その印象を強くする。

 永島全教住職によると、寺の言い伝えでは、正成は三重塔の建立を発願した。しかし、延元元(1336)年、摂津湊川(神戸市)で足利尊氏らの軍に敗れ、自害。塔の建設は止まり、初層しか完成しなかった。そのまま雨よけのためかやぶきの屋根をかぶせ、今にいたるという。

 分が悪いと悟りながら、後醍醐天皇への忠義から戦に臨み、散った正成の無念さを未完の塔は物語る。だが、なぜ正成の遺志を継ぎ、塔を完成させようとしなかったのだろうか。

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 書誌学者、川瀬一馬(1906~99年)は昭和18年刊の『日本書誌学之研究』で興味深い考察を示した。