名探偵・金田一耕助が、作家・横溝正史の手によって誕生した地は、西日本豪雨で大きな被害を受けた岡山県倉敷市真備町である。昭和20年3月の東京大空襲で疎開を決意した横溝は、一家でこの地に引っ越した。
▼空襲で破壊された東京や大阪とは別世界の穏やかな田園風景が広がり、古い習俗が残っていた吉備地方の風土は、戦後の横溝作品に大きな影響を与えた。金田一が初めて登場した「本陣殺人事件」が世に出たのは、終戦の翌年だからもう72年も前になる。
▼中でも占領期を舞台にした「獄門島」「犬神家の一族」は、繰り返し映画やテレビドラマ化された。両作品に共通するのは、地方の閉ざされた空間で絶大な権力を握る実力者の遺言をめぐる惨劇である。
▼昭和22年まで有効だった旧民法下では、戸主が亡くなると、後継者が単独で財産を受け継いだ。家督相続といい、戸主の遺言が絶大な意味を持った。「獄門島」では、戸主の「相続者の抹殺」という遺言を島の顔役3人が実行していった。
▼21世紀の南の島でも、実力者の遺言は、なかなか威力がある。先日亡くなった翁長雄志沖縄県知事は、いまわの際に後継候補として2人の名前を挙げ、音声データが、遺言として残っているという。結果、1人が辞退し、残る国会議員が立候補する。政策や候補者の資質より遺言が重い、というわけだ。
▼不思議なことに、音声データを実際に聞いた関係者は、県議会議長らごく少数で、公開もされていない。表に出せない事情でもあるのだろうか。どういう理由で2人を指名したかもさっぱりわからない。金田一さんならこの謎を即、解決してくれるだろう。まあ、あまりにもくだらない事件なので引き受けてくれないかもしれぬが。