終戦の日

体験者なき時代にどう戦争伝えるか 文献のみ頼るのは危険 裏表ある高級軍人証言

大木 私は外国の軍隊の文書をよく読みますが、日本の陸海軍の文書くらいメイキング(文飾)が激しいものはない。ある報告書の草案と、それに手が加わったものと実際にできたものの3つが出てきたことがありましたが、いかにまずいところが削られて、きれいな体裁になっていったかよく分かった。これでは情報を取り入れて次の作戦に生かそうにも、自分たちが誤ってしまうんじゃないかとすら感じました。だから台湾沖航空戦(注(3))の戦果のように、全くの間違いにもかかわらず次の作戦を立ててしまったりということが起こるわけです。

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戸高 たとえば豊田副武(そえむ)連合艦隊司令長官(注(4))の幕僚だった人は、回想録で豊田さんのことをあまり悪く書いていません。ただ、実際の司令部はどうだったか聞いてみると、朝から晩までガミガミ言われて仕事にならなかった、というようなことを言うわけです。それを知った上で書かれたものを読むと、読み方も違ってきますね。

大木 私の場合、戦争後期に比島(フィリピン)で戦った第14方面軍の参謀副長だった小沼治夫さん(元陸軍少将)に話を伺う機会がありました。小沼さんは話すうちに感極まって「私は比島で戦車1個師団を潰した悪党ですから」(注(5))と、ほろほろと涙を流した。ところがその話を原稿にまとめてお見せすると自分で書くと言い出して、「若干なりと近代戦なるものを戦史に残し得たことは、私の感謝に堪えざるところである」と、ずいぶん調子が高くなってしまった。陸軍の作戦系の参謀は決して自分の弱みを見せない、失敗を認めないというのが習い性となっていて、公に出るものでは調子が高くなる。これは高級軍人の書いたものを読むときに気をつけねばと思いましたね。

〈近年はアジア歴史資料センター(注(6))のネット資料だけを用いて論文を書く研究者も増えてきているが、2人はその傾向に警鐘を鳴らす〉