「遺骨を本土に帰還させたい」硫黄島の遺骨収集 栗林忠道中将の遺族が尽力 今も1万柱以上眠ったまま

 「忠道の指揮で多くの方が戦死した。そのことを考えれば、自分もできる限り遺骨を収集し、本土に帰還させる一助として頑張っていきたい」

 ただ、硫黄島での活動は困難を極める。日本軍は無数の地下壕を築いて戦いを展開したが、米軍による地形が変わるほどの砲撃にさらされ、多くの地下壕は入り口がふさがれ、埋没した。当時の様子を知る関係者も少なくなり、遺骨収集は厳しさを増している。

 地下壕は地熱で気温が50度を超える場所もある。そんな環境下にあっても兵士の遺児たちは、一心不乱に土に向かう。「必ず収容する」との信念で取り組む姿は、活動を続ける上で自身の背骨となった。

 硫黄島には既に14回訪れている。「今は自分もいくらでも体が動くというわけにはいかなくなった。それでも動ける間は毎年、足を運んでいく」。小さな命の欠片も見逃さず、全員帰還への思いを強くした。(三宅陽子)

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