新聞に喝!

法務当局の驕りと矛盾を指摘できない新聞の劣化を憂う 作家・ジャーナリスト・門田隆将

オウム真理教の麻原彰晃死刑囚らの死刑執行を受けて、臨時会見を行う上川陽子法相=7月6日、東京・法務省(桐原正道撮影)
オウム真理教の麻原彰晃死刑囚らの死刑執行を受けて、臨時会見を行う上川陽子法相=7月6日、東京・法務省(桐原正道撮影)

 新聞は、書かなければならないことをなぜ書けないのだろうか。私は、麻原彰晃元死刑囚らオウムの幹部たちが7月6日に7人、26日に6人、計13人が死刑執行されたことを報じる新聞記事に失望した。ただ法務省に迎合するような「総論」記事しかなかったからだ。本来の新聞ジャーナリズムの役割を完全に放棄していたのである。

 日本では、80%以上の国民が死刑制度を支持している。計29人もの死者を出した未曽有のオウム事件の当事者たちだけに、死刑の判断は当然であり、執行もその通りだろう。しかし、あくまでそれは執行が「正当であること」が前提だ。では、今回、すべてが正当だったのだろうか。答えは「ノー」である。最大のものは、上川陽子法相が死刑囚の「再審請求権」を完全に奪い去ったことだろう。

 刑事訴訟法第435条以下には、再審請求について定められている。判決が確定した事件でも、法に定められた事由がある場合は、審理をやり直すよう申し立てることができるのは受刑者の基本的権利である。

 今回、死刑執行された13人は、再審請求を行っていた者がほとんどだった。その中には、「新事実の発見」によって再審請求の進行協議が現実にスタートし、新証拠の提出や次回の協議の期日まで決まっていた死刑囚がいた。

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