虎番疾風録

江本孟紀の「ベンチがアホやから」発言の伏線 其の一7

【虎番疾風録(7)】江本孟紀の「ベンチがアホやから」発言の伏線
【虎番疾風録(7)】江本孟紀の「ベンチがアホやから」発言の伏線
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虎番疾風録 其の一6

「試合でピンチになったら、太っさんはいつも、ベンチ裏へ隠れるんや」―そんな噂があった。

事件が起こった8月26日のヤクルト19回戦。4-1と3点リードしていた八回に江本は、1死二、三塁から渡辺に右前タイムリーを打たれた。阪神ナインがマウンドに集まる。143球を投げていた江本は「限界や。交代してほしい」のサインをベンチに出した。ところが…。

「おらんのや。ベンチに監督の姿が見えんかった。くそっ、またトイレに逃げ込んどんのかと、カッときた」

そのまま続投。そして2死二、三塁から水谷の同点タイムリーを浴び、ベンチに戻ると「交代」が決まっていた。馬鹿にしとるんかい! 「ベンチがアホやから」発言にはこんな伏線があったのだ。

退団発表があった翌日の8月28日、大阪府豊中市内の江本宅を訪ねた。前年の12月に訪ねて以来、2度目だった。

初めて江本宅を訪ねたときのこと。リビングのテレビ台の下にボロボロになった表紙の分厚い本を見つけた。心理学者、フロイト著『精神分析入門』の訳本だった。

「こんな本、読んでるんですか?」

「あぁ、趣味でな。おもろいぞ、人間の心理ちゅうもんは。何度も読み返すうちにボロボロになってしもた」

「投球術に役立ててるんですか?」

「アホか、そんなもん役に立つか。立っとったら15敗もするかい」

「そらそうですね」

電話が鳴り、江本は背を向けて話し始めた。その間にたばこでも吸おうと思った。あいにく1本もない。クシャッと箱を握りつぶした。とたん、江本の肩口からポーンと真っさらのたばこが飛んできたのである。

たとえ相手が1年生の虎番でも、これだけの気を遣える人、それが江本だった。

2度目の訪問。昼前だというのに江本は眠そうな顔をしていた。だが、その表情に「後悔」の色はなかった。

「後悔? そんなもんあるかいな。スッキリした気分や。あんな問題が起こらんでも、ことしのオフには何らかのアクションを―と考えとったしな。それが早まっただけのことや」

――なんで、ここまで中西さんと仲が悪くなったんですか。キャンプで打ち込んできたから? 他に理由があるでしょう? しつこさに負けたのか、江本はポツリポツリ話し始めた。

「あるとき解説で太っさんが阪神のことをボロクソに言うたんや。ひどかった。そこまで言うかと思うほどウチの選手を貶(けな)したんや。そして最後にこんなチームのコーチは絶対にやらないとまで言うた。そんな人が打撃コーチで来て、監督になった。信用できると思うか?」(敬称略)

虎番疾風録 其の一8


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