虎番疾風録

「渡りに船」だった退団劇 江本「ベンチがアホやから、野球がでけへん」発言 其の一5

神妙な表情の江本(右)と退団を発表する阪神の岡崎球団代表(左)
神妙な表情の江本(右)と退団を発表する阪神の岡崎球団代表(左)

虎番疾風録 其の一4

『ベンチがアホやから、野球がでけへん-江本が大暴言 公然と首脳陣批判』

予想通り、翌日(8月27日)のスポーツ各紙はこの騒動を一面で報じた。阪神もすぐさま江本を球団に呼びつけ、発言の真意など事情を聴いた。

正午過ぎ、大阪・梅田の球団事務所には各テレビ局の取材クルーも押しかけて、100人近い報道陣でごった返していた。

「殿、エモさんはどうなるんですか。まさかクビにはなりませんよね?」

隣に座っている平本先輩に尋ねた。江本自らの口で独り言を公式発言に変えたとはいえ、きっかけとなった肉声を聞いていただけに、もし、ボクが聞いていなかったら…という後ろめたさがあった。

「きょうの時点では罰金と謹慎処分というところやろ。ただ、今年オフのトレードは必至やな。まぁ、今回の騒動がなくとも、いずれはクビになる運命や」

ここ数年、オフになるといつも「江本放出」の記事が出ていた。降板指令に腹を立て、マウンドでグラブをけっ飛ばしたり、スタンドへグラブを投げ込んだり。球団が「放出」を決めて各球団と交渉を始めると、「トレード? できるもんならやってみろ」と発言し、厳重注意を受けていた。

球団の事情聴取は4時間に及んだ。そしていきなり江本の「退団」が発表されたのである。球団の説明によれば、最初は「謹慎処分」を言い渡すつもりでいた。ところが話し合いの中で江本から「謹慎するぐらいなら、前夜の発言の責任を取って退団したい」という申し出があり、球団もこれを了承。すぐさま「任意引退」の手続きを取ったという。

格別、慰留があったわけでもない。まるで渡りに船かのように…。51年に江夏豊、53年には田淵幸一、そして江本。信じられなかった。

「本人が辞めさせてくれというので、どうしようもなかった。覚悟して来たというものを止めるわけにもいかんだろう」

小津球団社長の言い方にもどことなく冷たさを感じた。

「江本退団」-衝撃のニュースはあっという間に球界に伝わった。編集局には各球団の反応がぞくぞくと集まってきた。その中で近鉄・西本幸雄監督の感想が心に残った。

「厳しい処分? 処分とはちゃうやろ。江本自身が辞めると言うたんやから。まだやれるのに…。プロにはああいう気性のやつがいてもいいんやないか」

西本監督のいう通り、プロ野球とは個性の強い男たちの集まりである。プロの指導者が優等生をうまく使うのはいわば当然であり、手腕の有無はそうした個性の強い選手をどう扱い、力を出させるか―で決まる。

〈まさか、退団とは…。ボクのせい?〉 江本の退団会見を胸が張り裂けるような気持ちで聞いていた。(敬称略)

虎番疾風録 其の一6


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